アナザーストーリーver.25|ボーナス半減に絶望した私が見つけた「自分の価値を守る」ために選んだ新しい働き方

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阿部 奈々・8年目(慢性期病院)


去年の秋。

新橋駅の烏森口からは、スーツ姿の人たちが次々と街へ流れ出していた。

ビルの間を抜ける秋風は少し冷たく、街路樹には黄色や赤に色づいた葉が揺れている。

乾いた風が吹くたび、歩道に落ちた葉がカサカサと音を立てて転がっていった。

私は白衣の入ったトートバッグを抱え、いつもの病院へ向かって歩いていた。

看護師として8年目。

病棟では中堅として、夜勤やリーダー業務、後輩のフォローなど、さまざまな役割を任されるようになっていた。

それでも、毎朝ナースステーションの自動ドアを開ける瞬間の、胃がキュッと縮むような緊張感だけは、何年経っても完全には消えなかった。

ロッカー室でナース服に袖を通し、深く息を吐く。

それが、いつの間にか私の毎朝の習慣になっていた。


突然知らされた「今年の賞与は大幅に減ります」

私の心を大きく揺らしたのは、急性期病棟の忙しさや人間関係だけではなかった。

その秋、病院から職員へ、経営状況についての説明があった。

患者数や収益など複数の要因が重なり、病院の経営が厳しくなっているという。

そして、そこで告げられた。

「今回の賞与については、昨年と比べて大幅に減額することになりました」

後日、実際に支給額を確認した私は、言葉を失った。

前年と比べ、ほぼ半分になっていた。

「こんなに……?」

何度見ても、数字は変わらない。

8年目になり、夜勤だけでなく、後輩のフォローや委員会など、担う仕事も増えていた。

忙しい日には休憩を十分取れないこともある。

それでも、

「患者さんのためだから」

「みんな大変だから」

そう思いながら働いてきた。

もちろん、病院経営と自分一人の働きが単純に結びつくものではないことは分かっている。

それでも、その数字を見た瞬間、

「これからも安心してここで働き続けられるのかな」

という不安が、一気に押し寄せてきた。


「来年は戻るの?」聞けなかった将来のこと

師長との面談で、私は賞与について聞いた。

「今回の賞与の件、本当に申し訳ないと思っています」

師長も苦しそうな表情だった。

「病院全体として厳しい状況で……。私たちも詳しいことまでは分からないの」

「来年は戻るんでしょうか?」

聞きたかった。

でも、聞けなかった。

師長にも答えられないことは分かっていた。

問題は、賞与が減ったことだけではなかった。

この先も同じことが続くのか。

給与は大丈夫なのか。

人員は減らないのか。

病院はこれからどうなっていくのか。

自分ではどうすることもできない不安が、少しずつ大きくなっていった。


「お金のために辞めるの?」8年目の私を縛った罪悪感

「一度、ほかの病院も見てみよう」

そう考えても、すぐには行動できなかった。

一番大きかったのは、8年目という立場だった。

夜勤。

リーダー業務。

新人のフォロー。

プリセプターを担当する後輩からの相談。

委員会活動。

病棟の中で、任される仕事は増えていた。

「ここで私が辞めたら、誰かの夜勤が増えるかもしれない」

「残った人たちの負担が増えるんじゃないか」

そう考えてしまう。

そして、もう一つ怖かった。

「賞与が減ったくらいで辞めるの?」

「結局、お金なんだね」

そんなふうに思われることだった。

でも、生活していくために働いている以上、給与や賞与は大切だ。

それを理由の一つとして転職を考えることは、本当に悪いことなのだろうか。

何度も自分に問いかけた。

同じ病棟には、同じ8年目のあんこがいた。

ある日の休憩中。

「奈々ちゃん、最近ずっと求人見てない?」

あんこが言った。

「見えてた?」

「ちょっとだけ」

私は苦笑した。

「まだ見るだけ。応募する勇気はないけど」

「そっか」

あんこは、それ以上聞かなかった。

同じ8年目だからこそ、何となく分かるものがあったのかもしれない。


「急性期を離れたら8年間が無駄になる?」もう一つの不安

転職をためらった理由は、給与だけではなかった。

私は8年間、急性期病棟で働いてきた。

患者さんの状態変化を捉える。

急変時に優先順位を判断する。

点滴や処置を行う。

医師や多職種と連携する。

患者さんや家族へ説明する。

後輩を支える。

そうやって積み重ねてきたものがある。

「急性期を離れたら、この経験が生かせなくなるんじゃないか」

そんな不安があった。

夜、ベッドに入ってスマートフォンを開く。

一般クリニック。

美容クリニック。

訪問看護。

慢性期病院。

いろいろな求人を見る。

その中で気になったのが、複数の病院や施設を運営する医療法人の慢性期病院だった。

給与。

賞与の実績。

昇給制度。

休日。

退職金。

福利厚生。

求人票に書かれている条件を、一つずつ確認した。

それでも、

「応募する」

というボタンが押せない。

そんな日々が二ヶ月以上続いた。


私が求めていたのは「高いボーナス」だけではなかった

迷い続ける中で、ようやく自分の転職理由が見えてきた。

私は、単純に、

「もっとボーナスが欲しい」

と思っているだけではなかった。

もちろん、給与は大切だ。

でも、それ以上に、

「この先どうなるか分からない」

という不安を抱えたまま働き続けることが苦しかった。

自分が求めていたのは、給与の高さだけではなく、

どのような給与体系なのか。

賞与はどのような実績なのか。

昇給はどうなっているのか。

どんな働き方を求められるのか。

そうした条件について、納得したうえで働ける環境だった。

「自分の仕事の価値を守るって、給与だけを見ることじゃないのかもしれない」

働き方。

休日。

待遇。

仕事内容。

そして、自分が納得して働けるか。

それらを全部含めて考えることなのだ。

そう思えるようになったとき、私は気になっていた慢性期病院の「応募する」を、ようやく押した。


今年の秋。転職から3ヶ月が経った私

そして今年の秋。

転職して三ヶ月が経った頃。

私は、以前の病棟で一緒に働いていた同じ8年目のあんこと、新橋のビル街にあるカフェで向かい合っていた。

ガラス張りのビルには、秋の柔らかな午後の日差しが反射している。

街路樹は黄色や赤に色づき、風が吹くたびに落ち葉が歩道を転がっていった。

「奈々ちゃん、なんか表情変わったね」

あんこが、温かいカフェラテのカップを両手で包みながら言った。

「そう?」

「うん。前はずっと何か考え込んでたから」

私は笑った。

「今だって大変だよ。新しい病院だから、覚えることばっかり」

「8年目でも?」

「8年目でも」

二人で笑った。


慢性期病院は「急変がなくて楽な場所」ではなかった

新しい慢性期病院での仕事は、決して楽ではなかった。

長期にわたり療養する患者さんも多く、複数の疾患を抱えている人もいる。

小さな状態変化を見逃さない観察力が必要になる。

呼吸状態。

食事。

排泄。

皮膚状態。

意識。

表情。

患者さんによっては医療的なケアも必要だ。

状態が変化し、迅速な対応を求められることもある。

急性期とは、忙しさの種類が違うのだ。

さらに、職場が変わればルールも変わる。

記録方法。

業務分担。

物品の場所。

医師への報告方法。

「前の病院ではこうだった」

が、そのまま通用するわけではない。

先日も書類の記載方法について先輩から、

「奈々さん、ここはこの手順でお願いします」

と指摘された。

一瞬、

「8年目なのに」

と思った。

でも、すぐに考え直した。

私は看護師としては8年目でも、この病院ではまだ新人なのだ。


「大手だから安心」ではなく、納得して選べたことが大きかった

「実際、転職してどう?」

あんこが聞いた。

私は少し考えてから答えた。

「前より安心してる。でも、大手だから絶対安心っていう意味じゃないよ」

どんな病院でも、経営状況が将来どうなるかは分からない。

賞与だって、未来永劫同じ額が保証されるわけではない。

転職先にも、大変なことはある。

それでも今回は、応募する前に自分なりに確認した。

求人票だけでなく、面接でも給与体系や賞与実績、昇給、休日、勤務体制について質問した。

労働条件についても確認した。

そのうえで、

「ここで働いてみよう」

と自分で決めた。

「前の病院では、賞与が減ったこと自体より、何も分からないまま不安になっていったことが一番苦しかったのかもしれない」

私は言った。

「今は少なくとも、自分が確認して、自分が納得して選んだ条件で働いてる。それが大きいのかな」

あんこは静かに頷いた。


急性期で過ごした8年間は、慢性期でも生きていた

転職前は、

「急性期を離れたら、自分の技術が無駄になる」

と思っていた。

でも、それも違った。

患者さんのわずかな変化に気づく。

急変の可能性を考える。

優先順位を判断する。

医師へ必要な情報を伝える。

患者さんや家族の不安を受け止める。

後輩や周囲のスタッフに声をかける。

急性期で8年間積み重ねてきたものは、慢性期でも確かに生きていた。

むしろ、長く療養する患者さんと関わることで、今までとは違う看護も見えるようになった。

「転職する前は、8年間を捨てるみたいですごく怖かった」

私はあんこに言った。

「でも、捨てたんじゃなかった。8年間の経験を持ったまま、働く場所を変えただけだった」

あんこが微笑んだ。

「奈々ちゃんが自分でたくさん考えて、選んだ場所だもんね」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に残っていた最後の迷いが、少し軽くなった気がした。


「自分の価値を守る」ことの意味が、少し分かった

カフェを出ると、新橋の街は秋の夕暮れに包まれていた。

ビルの間を抜ける風が少し冷たくなっている。

黄色や赤に色づいた葉が、街灯の下を舞っていた。

去年の秋。

私は賞与の明細を見ながら、

「私の仕事って、この程度の価値なのかな」

と考えていた。

でも、今年の秋。

少し違うことを思う。

給与や賞与は大切だ。

生活を支えるものだから、きちんと考えていい。

でも、自分の価値は賞与の金額だけで決まるものでもない。

これまで身につけてきた経験。

患者さんと向き合ってきた時間。

これからどんな働き方をしたいのか。

そして、自分が納得できる条件を自分で確かめ、選ぶこと。

それらも含めて、

「自分の価値を守る」

ということなのかもしれない。

去年の秋は、勤務先の経営状況に振り回されているような気がしていた。

今年の秋は、自分で考えて選んだ場所を歩いている。

すべての不安が消えたわけではない。

この先、何が起きるかも分からない。

それでも、

「自分で選び直すことはできる」

と知った。

それだけで、少し強くなれた気がした。

秋風が新橋のビル街を吹き抜けた。

私はコートの襟元を整え、駅へ向かって歩き出した。


💙あんこからのあいさつ💙

今回のエピソード、読んでみてどうでしたか?

今の職場で迷いながらも、自分が大切にしたい働き方を真剣に考えてみる。その結果として、残る選択をしても新しい道を選んでも、あなたが自分で悩んで歩き出した道なら、きっと大丈夫。あなたの張り詰めた心が、少しでも軽くなりますよう。

あなたの未来を守る「お守り」です。

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