アナザーストーリーver.23|夜勤と不規則な勤務に疲れた私が見つけた、自分を諦めない働き方で人生に光を取り戻す新しいステージへ

執筆者:

カテゴリ:

山崎 拓海・6年目(医療系ベンチャー企業)


前年の晩秋。

朝の渋谷。

スクランブル交差点を行き交う人々は、冷たさを増した風にコートの襟を寄せながら、それぞれの目的地へと急いでいた。

街路樹には赤や黄色の葉がわずかに残り、乾いた風が吹くたび、歩道に積もった落ち葉がカサカサと音を立てて舞い上がる。

ガラス張りの巨大なビル群の間を抜け、私はいつものように病院へと続く緩やかな坂道を上っていた。

看護師として6年目。

病棟では中堅として、夜勤や急変対応でも頼られることが増えていた。

それなのに、毎朝ナースステーションの自動ドアを開ける瞬間の、胃をキュッとつかまれるような感覚だけは、1年目の頃から何ひとつ変わっていなかった。

ロッカー室でナース服に袖を通し、深く息を吐く。

それが、いつの間にか私の毎朝の習慣になっていた。


友人たちとの再会で、初めて意識した「働き方の違い」

私を深い迷いへと突き落としたのは、急性期病棟の忙しさや人間関係だけではなかった。

きっかけは、ある週末の夜だった。

大学時代の友人たちと、久しぶりに渋谷で食事をした。

看護師になったのは、私だけだった。

「今週はリモートの日が多かったから、通勤しなくて済んだんだよね」

「来月、有休と合わせて旅行に行くんだ」

友人たちは、それぞれの仕事や休日の話を楽しそうにしていた。

もちろん、一般企業で働けば必ず土日が休めるわけでも、残業がないわけでもない。

友人たちにも、それぞれ仕事の大変さがある。

分かっていた。

それでも、その話を聞きながら、私は自分の生活を思い浮かべていた。

日勤。

夜勤。

土日勤務。

年末年始。

友人たちと予定を合わせようとしても、

「勤務表が出てからじゃないと分からない」

と答えることが多かった。

その日も、私は翌日の夜勤を気にしながら時計を見ていた。

「拓海、もう帰るの?」

「ああ。明日夜勤だから」

「そっか。大変だな」

何気ない一言だった。

でも、その言葉が妙に胸に残った。


深夜3時のナースコールで浮かんだ「このままでいいのか」

数日後。

深夜3時。

薄暗いナースステーションで、ナースコールの赤いランプが点灯した。

私は立ち上がりながら、ふと先日の友人たちの顔を思い出した。

今頃、みんなは眠っているのだろう。

そして朝になれば起きて、仕事へ行く。

週末になれば休む。

もちろん、それだけが正しい生活ではない。

夜に働く人がいるから、医療も社会も動いている。

自分だって、それを分かって看護師になった。

それでも、その夜はどうしても思ってしまった。

「俺、この働き方を、この先ずっと続けたいんだろうか……」

夜勤明けに眠り、夕方に起きる。

休日も次の勤務に備えて身体を休めるだけで終わる。

友人から誘われても、勤務が合わず断る。

看護師としての仕事は嫌いではない。

急性期で働いてきたことにも誇りがある。

でも、

「看護師としての人生」と「一人の人間としての人生」が、少しずつ離れていくような気がしていた。


「6年目で現場を離れていい?」私を縛った罪悪感

「違う働き方も探してみよう」

そう思ってからも、すぐには行動できなかった。

一番大きかったのは、6年目という立場だった。

夜勤では後輩から相談される。

新人のフォローを頼まれる。

プリセプターを担当する後輩から相談を受けることもある。

急変時には、

「小野くん、お願い」

ではなく、

「山崎くん、お願い」

と頼られることも増えていた。

自分が抜ければ、誰かの夜勤が増えるかもしれない。

ただでさえ忙しい病棟の負担が、さらに増えるかもしれない。

それに、

「6年目なのに現場を離れるの?」

「オフィスワークに憧れただけじゃない?」

そんなふうに思われるのも怖かった。

同じ病棟には、私より2年先輩の8年目ナース、あんこ先輩がいた。

ある夜勤明け。

「拓海くん、最近ずっと求人見てない?」

休憩室でスマートフォンを見ていた私に、あんこ先輩が声をかけた。

「見えてました?」

「ちょっとだけ」

私は苦笑した。

「まだ、見るだけです」

あんこ先輩はそれ以上聞かなかった。

「そっか」

そう言って、少しだけ笑った。

その距離感がありがたかった。


「臨床を離れたら看護師としての価値がなくなる?」という怖さ

もう一つ、私を迷わせたのがキャリアだった。

急性期病棟で6年間。

患者さんの状態を観察する。

急変に対応する。

医師や多職種と連携する。

患者さんや家族へ説明する。

優先順位を判断しながら動く。

そうやって身につけてきた経験がある。

「医療手技をしない仕事に移ったら、この6年間が無駄になるんじゃないか」

「いつか病棟へ戻りたくなっても、戻れなくなるんじゃないか」

そんな不安が頭から離れなかった。

夜、ベッドに入ってスマートフォンを開く。

「看護師 企業 転職」

「看護師 医療IT」

「看護師 臨床以外」

「看護師 夜勤なし」

求人画面をスクロールする日々が、二ヶ月以上続いた。

一般クリニック。

美容クリニック。

訪問看護。

健診センター。

そして、医療系ベンチャー企業。

気になる求人を見つけても、

「応募する」

というボタンが押せない。

指を止めたまま、画面を閉じる。

そんな夜を何度も繰り返した。


私が求めていたのは「スーツを着ること」ではなかった

迷い続けるうちに、ようやく一つのことに気づいた。

私は、オフィスで格好よく働きたいだけではない。

スーツや私服で働くことに憧れているわけでもない。

夜勤から逃げたいだけでもない。

「6年間で身につけた医療現場の経験を、違う形で生かせないだろうか」

それが、本当の気持ちだった。

現場で働いているから分かる不便さ。

看護師だから気づく患者さんの困りごと。

医療者にとって使いやすい仕組み。

患者さんにとって分かりやすいサービス。

それを、病院の外から支える仕事がある。

そんな中で見つけたのが、医療従事者向けのサービスを開発する医療IT企業だった。

求人には、臨床経験を生かしてサービス開発や顧客支援に関わる仕事が紹介されていた。

働き方には、出社とリモートワークを組み合わせる制度もあった。

「ここなら、看護師としての経験を捨てずに、違う形で医療に関われるかもしれない」

そう思った夜。

私は二ヶ月以上押せなかった「応募する」のボタンを、ようやく押した。


転職から3ヶ月。医療IT企業で働く私

そして今年の秋。

転職して三ヶ月が経った頃。

私は、以前の病棟で一緒に働いていた8年目ナースのあんこ先輩と、渋谷の高層ビルの間にあるカフェで向かい合っていた。

夕暮れが早くなった秋の渋谷。

ガラス張りのビルには傾いた夕日が反射し、街路樹には最後まで残った黄色い葉が揺れている。

風が吹くたび、歩道の落ち葉が舞い上がった。

「拓海くん、なんだか表情がすっきりしたね」

あんこ先輩が、温かいカフェラテのカップを両手で包みながら微笑んだ。

「そうですか?」

「うん。病棟にいた頃は、いつ会っても眠そうだったから」

私は思わず笑った。

「今も結構必死ですよ。ビジネス用語とかITツールとか、知らないことばっかりで」

「拓海くんがパソコンに向かって仕事してるの、まだ想像つかない」

「俺もです」

二人で笑った。


白衣を脱いだら、私は「6年目」ではなく新人になった

医療系ベンチャーでの仕事は、決して楽ではなかった。

オンライン会議。

チャットツール。

資料作成。

顧客との打ち合わせ。

サービス改善のミーティング。

病棟では当たり前にできていたことが、ここでは通用しない。

先日も社内ミーティングで、自分では十分にまとめたつもりの資料について、

「結論を最初に示したほうが伝わりやすいですよ」

と指摘された。

その瞬間、

「6年間働いてきたのに」

という気持ちが頭をよぎった。

でも、すぐに気づいた。

ここでは、私は新人なのだ。

6年間の看護師経験があるからといって、ビジネスの仕事まで最初からできるわけではない。

企業には企業のスピード感がある。

成果を求められる厳しさもある。

締め切りに追われる日もある。

リモートワークだから楽というわけでもない。

病院とは違う種類の緊張感と難しさが、確かにあった。


病棟での6年間が、サービスを変えるアイデアになった

「でも、この前ちょっと嬉しいことがあったんですよ」

私はあんこ先輩に話した。

医療従事者向けサービスの改善会議でのことだった。

開発チームが提案した画面を見ながら、私は何気なく言った。

「これ、夜勤中の看護師が使うなら、もう少し少ない操作で必要な情報まで行けたほうがいいと思います」

「どうしてですか?」

と聞かれた。

「夜勤って人数が少ないし、ナースコールや急な対応が重なることもあるから、何回も画面を切り替える余裕がないことがあるんです」

その意見をきっかけに、チームで画面構成を見直すことになった。

「そのとき初めて思ったんです」

私は言った。

「病棟で6年間やってきたこと、無駄じゃなかったんだなって」

あんこ先輩が笑った。

「そりゃそうでしょ」

「でも、転職する前は本気で怖かったんですよ。白衣を脱いだら、自分には何も残らないんじゃないかって」

「残ってたね」

「残ってました」

私は笑った。


変わったのは、仕事よりも「自分の時間」の感じ方だった

働き方も変わった。

今の会社では、基本的な勤務日や時間が決まっている。

業務内容によってはリモートワークも利用できる。

もちろん、忙しい時期には残業することもある。

仕事が終わっても頭から離れない課題がある日もある。

それでも、以前より先の予定を立てやすくなった。

「この前、大学の友達とまたご飯行ったんですよ」

「前に話してた人たち?」

「そうです」

「今度は夜勤明けじゃなかった?」

「普通に仕事終わりです」

あんこ先輩が笑った。

「それはよかった」

「なんか、それだけなんですけどね」

でも、その「それだけ」が嬉しかった。

仕事を終えた夜に友人と食事をする。

休日に朝から出かける。

数週間先の予定を入れる。

以前は難しかったことが、少しずつ自分の日常になっていた。


看護師を辞めたのではなく、看護師経験の使い方を変えた

「転職活動中、本当に悩みました」

私は、晩秋の渋谷を眺めながら話した。

「6年目で臨床を離れるなんて、逃げるみたいな気がして」

あんこ先輩は何も言わず、聞いていた。

「でも、今はちょっと違うと思ってます」

病棟で直接患者さんを看護する仕事ではなくなった。

点滴をすることもない。

ナースコールに走ることもない。

でも、看護師として現場で見てきたことを、医療サービスをより使いやすくするために生かしている。

「臨床から離れたから、6年間が消えたわけじゃないんですよね。6年間の経験を、違う場所で使ってるだけなんだって思えるようになりました」

「うん」

あんこ先輩が頷いた。

「拓海くんが自分でたくさん考えて、その道を選んだんだもんね」

その短い言葉を聞いた瞬間、胸の奥に残っていた最後の迷いが、すっと軽くなるような気がした。


白衣を脱いでも、私の6年間は消えなかった

カフェを出ると、渋谷の街には晩秋の冷たい風が吹いていた。

街路樹にはわずかな葉が残り、黄色や茶色の落ち葉が歩道を埋めている。

空はもう夕暮れ。

ビルの間に見える西の空だけが、薄いオレンジ色に染まっていた。

前年の秋。

同じ渋谷の街を歩きながら、

「俺はこの先も、ずっとこの働き方しかできないのかな」

と思っていた。

そして今年の秋。

私はまた、渋谷を歩いている。

白衣は着ていない。

ナースコールも鳴らない。

でも、看護師として過ごした6年間は、自分の中にちゃんと残っている。

看護師として働いてきた経験は、病院の中だけでしか使えないものではなかった。

働く場所を変えてもいい。

経験の使い方を変えてもいい。

自分の人生に合わせて、働き方を選び直してもいい。

冷たい晩秋の風が、オフィスカジュアルのコートの襟元を通り抜けた。

私は少し肩をすくめながら、渋谷駅へ向かって歩き出した。

明日は休みだ。

友人と昼から会う約束をしている。

今度は、

「勤務表が出たら連絡する」

とは言わなくていい。

そのことが、今の私には何より嬉しかった。


💙あんこからのあいさつ💙

今回のエピソード、読んでみてどうでしたか?

今の職場で迷いながらも、自分が大切にしたい働き方を真剣に考えてみる。その結果として、残る選択をしても新しい道を選んでも、あなたが自分で悩んで歩き出した道なら、きっと大丈夫。あなたの張り詰めた心が、少しでも軽くなりますよう。

あなたの未来を守る「お守り」です。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です