松井 ほのか・2年目(特別養護老人ホーム)
初夏の朝、病院の窓から見える街路樹は鮮やかな緑に覆われ、柔らかな朝の日差しを受けて葉を揺らしていた。午前七時のナースステーションには、明るくなった外の景色とは対照的に、すでに日勤の看護師たちの張り詰めた空気が漂っていた。
手元にある何枚もの点滴の指示書と、何人もの患者さんの情報が書かれたワークシートを見つめるだけで、私の心臓は早鐘のように激しく脈打ち始める。毎朝、病棟の重い自動ドアを開ける前には、足がすくんで動けなくなりそうな自分を奮い立たせるために、深く息を吐き出すのが日課になっていた。
マルチタスクについていけない。急性期病棟で自信を失う毎日
新卒で入職した急性期病棟は、常にスピードと複数の業務を同時に進める力を求められる場所だった。要領が良いとはいえない私は、次から次へと舞い込む点滴の更新、突然の検査出し、鳴り止まないナースコールのなかで、立ち往生してばかりだった。
優先順位を瞬時に判断してテキパキと動く同期の背中を見るたび、焦りだけが募っていく。
「松井さん、また指示の見落とし? これじゃあ怖くて独り立ちさせられないよ」
プリセプターや先輩ナースたちから向けられる厳しい視線と、ため息交じりの指導。ナースステーションの真ん中で頭を下げながら、私は必死に涙をこらえることしかできなかった。
ミスを重ねる恐怖から視野がますます狭くなり、患者さんの顔を見る余裕すら失っていく。
「私は誰のために、何のためにここで働いているんだろう」
毎日、勤務後に一人でトイレの個室に駆け込んで声を殺して泣く日々。マルチタスクに押し潰されそうになりながら過ごす時間のなかで、「技術を磨くことだけではなく、もっと目の前の一人の生活に寄り添った看護がしたい」という思いが、夜勤明けの疲れ果てた頭の中に、消えない澱のように重く沈んでいた。
「2年目で辞めていい?」私を縛り付けた罪悪感
しかし、いざ「別の道を探してみよう」と決意してからの日々は、暗い霧のなかで一歩も動けなくなるような葛藤の連続だった。
何よりも私を縛り付けたのは、強烈な罪悪感だった。
まだ2年目。ようやく一人で夜勤に入れるようになったばかりのこの時期に、自分が病棟を去れば、ただでさえ忙しい同僚たちにさらに負担をかけてしまうのではないか。
先輩たちから「やっぱり根性がない」「もう諦めるんだ」と思われるのが怖くて、勤務中はいつも周囲の顔色をうかがっていた。
そんなとき、同じ病棟で働く6年先輩のあんこ先輩だけは、私が勤務後に目を赤くしていることに気づいていた。
「ほのかちゃん、大丈夫?」
そう声をかけてもらっても、
「大丈夫です」
と答えることしかできなかった。
本当は、全然大丈夫じゃなかった。
「病棟経験2年で転職して大丈夫?」消えないキャリアへの不安
さらに、「病棟経験がまだ2年」というキャリアへの不安も私の足をすくませた。
急性期の医療処置から離れてしまったら、これまで覚えてきた技術が衰えてしまうのではないか。特養へ転職したあと、もし病院へ戻りたいと思っても難しくなるのではないか。
そんな不安が頭を離れなかった。
結局、夜ベッドに入ってから、スマートフォンで看護師転職サイトの求人画面をただスクロールして眺めるだけの日々が二ヶ月以上も続いた。
良さそうなクリニックや施設を見つけても、画面の「応募ボタン」がどうしても押せない。指先が画面の上で静止したまま、ため息とともにアプリを閉じる夜が何度も繰り返された。
迷いはそれだけではなかった。
規則正しい一般クリニックや美容クリニックにするべきか、それとも日勤中心の訪問看護か。
複数の転職先候補の間で、私の思考は完全に迷子になっていた。
時には「転職なんて大きなリスクを冒さず、今の病棟で毎日泣きながらでもあと1年耐え、3年目になるのを待つほうが正解なのかもしれない」と、現状維持の道へ逃げたくなる瞬間も何度もあった。
私がしたかったのは「目の前の一人に寄り添う看護」だった
それでも、私はただ「今の環境がつらいから」辞めるのではないと気づいた。
私は、次から次へと処置に追われるのではなく、一人の人間として利用者さんの暮らしに寄り添い、丁寧に向き合う看護がしたいのだ。
病気だけを見るのではなく、その人がこれまでどんな人生を送り、今どんな毎日を過ごし、これからどんなふうに暮らしていきたいのか。
そこまで含めて支えられる看護師になりたい。
その大切な軸に気づいたとき、私の目に留まったのが、下町情緒の残る柴又にある特別養護老人ホームの求人だった。
「ここなら、私がやりたかった看護ができるかもしれない」
そう思ったとき、二ヶ月以上押せなかった「応募ボタン」を、私はようやく自分の指で押すことができた。
転職から3ヶ月。急性期病棟から特養へ
転職から三ヶ月が経った初夏の午後。私は、かつて同じ病棟で働き、私がつらそうにしていることに気づいてくれていた8年目ナースのあんこ先輩と、柴又の帝釈天へと続く参道沿いにある、古い木造の甘味処にいた。
店の軒先では風鈴が初夏の風を受け、涼しげな音を響かせている。参道沿いの木々は鮮やかな緑に包まれ、開け放たれた店先から入り込む風が、少し汗ばんだ肌に心地よかった。
「ほのかちゃん、なんかすごく表情が柔らかくなったね。病棟にいた頃の、あの今にも泣き出しそうだった張り詰めた感じがすっかり抜けてる」
あんこ先輩が、冷たいクリームあんみつをスプーンですくいながら、優しく微笑んだ。
「そうですか? でも、今の職場でも毎日たくさんの利用者さんの健康管理や、介護スタッフとの連携に追われていて、必死なんですけどね」
私は少し照れくさそうに笑った。
特養にも難しさはある。それでも病棟時代とは違う
新しく始めた特養での仕事は、決してすべてが完璧な魔法の楽園というわけではなかった。
急性期病棟ほど頻繁に点滴や処置に追われる環境ではない一方で、ここでは利用者さんの「生活のなかの小さな変化」を見逃さない観察力とアセスメントが求められる。
先日も、ある利用者さんの食事量が少しずつ減っていることに気づけず、介護スタッフからの情報共有で初めて知った。
「私、毎日顔を見ていたのに……」
自分の観察不足が悔しくて、ひどく落ち込んだ。
看護師だけで完結する仕事ではない。介護職やケアマネジャー、リハビリ職など、さまざまな職種と情報を共有しながら、一人の利用者さんの暮らしを支えていく。
そこには、病棟とはまた違う種類の難しさがあった。
けれど、その失敗や悩みは、あの病棟時代に感じていた「マルチタスクの波に飲み込まれ、患者さんの顔を見る余裕さえなくなっていく苦しさ」とは、まったく異なる性質のものだった。
「大変なことはありますけど、今の特養では、利用者さんの『今日も美味しくご飯が食べられた』『今日はよく笑ってくれた』みたいな、何気ない毎日に寄り添えるんです。処置をどれだけ早く終わらせるかだけじゃなく、その人がその人らしく暮らすために、どう支えるかを考えられる。それが、すごく嬉しいんです」
あんこ先輩は、私の話を遮ることなく、「うん、うん」とただ静かに頷いて聞いてくれていた。
「転職して正解だったね」と安易に太鼓判を押すわけでもなく、私の今の等身大の言葉を、そのまま温かく受け止めてくれている。
「2年目で転職」は逃げではなかった
「転職活動中、2年目で辞めることが本当に怖くて、夜通し求人サイトを見るだけで終わる日もありました。でもね、先輩。あの時、周囲の目への恐怖に怯えながらも、自分が大切にしたい看護を考え抜いたからこそ、今の場所があるんだって思えます」
私は少し溶け始めたクリームあんみつを見つめながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「急性期病棟で過ごした時間が無駄になったわけでもないんです。体調の変化に気づくために観察することも、異変があったときに何を優先するか考えることも、今の特養でちゃんと役に立っています。劇的に人生がキラキラしたわけじゃないし、今でも自分の力不足に悩む日はあります。でも、あの頃に比べたら、すごく呼吸がしやすくなりました。自分で悩んで、自分で選んだ道だから、どんな失敗も前向きに受け止められるんです」
話し終えた私に、あんこ先輩はふわりと微笑み、手にしていた湯呑みを静かに置いた。
「そっか。ほのかちゃんが自分でたくさん考えて、その道を選び取ったんだもんね」
その短い、けれど私の歩んできた道のりのすべてを肯定してくれるような言葉に、胸の奥に残っていた最後の迷いがすっと消えていくのを感じた。
柴又の古い町並みに、初夏の風がゆっくりと吹き抜けていく。軒先の風鈴がチリンと鳴り、鮮やかな緑の葉がさらさらと揺れた。
冬の冷たさでも、真夏の熱気でもない。
少しだけ湿り気を含んだその風が、私の胸の奥に残っていた重さまで、そっと運び去ってくれるようだった。
💙あんこからのあいさつ💙
今回のエピソード、読んでみてどうでしたか?
今の職場で迷いながらも、自分が大切にしたい働き方を真剣に考えてみる。その結果として、残る選択をしても新しい道を選んでも、あなたが自分で悩んで歩き出した道なら、きっと大丈夫。あなたの張り詰めた心が、少しでも軽くなりますよう。
あなたの未来を守る「お守り」です。

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