木村 拓也・3年目(精神科病院)
初夏の朝、薄い雲に覆われた空から細かな雨が静かに降り続いていた。雨に濡れた街路樹の若葉は鮮やかな緑を増し、湿り気を帯びた風が病院の裏手を通り抜けていく。
僕はいつものように、職員通用口へと続く階段を上っていた。
急性期外科病棟へと続くこの階段を一段ずつ踏みしめるたび、胸の奥がぎゅっと縮むような、何とも言えない重圧が体全体を包んでいく。
ナースステーションの自動ドアの前に立つと、深く、深く息を吐き出さなければ、どうしても中へ入る勇気が湧いてこなかった。
急性期病棟の重圧。明日の勤務が怖くなっていた
僕の職場だった外科病棟は、患者さんの状態が刻々と変化し、緊張感の途切れない場所だった。
看護師として3年目を迎え、夜勤も一人のメンバーとして任され、後輩を気にかけることも少しずつ求められるようになっていた。
男性看護師ということもあり、力が必要な場面では頼られることも多かった。
けれど、僕の心は少しずつ限界に近づいていた。
人工呼吸器やモニターの警告音。慌ただしく飛び交う医師や看護師の声。そして、昨日まで普通に言葉を交わしていた患者さんの突然の急変や看取り。
「木村くん、止まらないで! 次のオペ出しの準備、急いで!」
先輩ナースから鋭い声が飛ぶ。
ミスが許されない緊張感のなか、少しでも動きが遅れれば周囲の視線が自分に集まるように感じた。
いつしか僕は、夜ベッドに入って目を閉じても、病棟のモニター音が耳の奥に残っているような感覚に襲われるようになった。
眠っていても患者さんが急変する夢を見て、はっと目を覚ますことがある。
命を支える最前線にいることへの誇りよりも、
「明日も病棟へ行かなければならない」
という恐怖のほうが大きくなっていた。
「患者さんとじっくり向き合いたいのに、今の僕は急変が起きることばかり怖がっている」
そんな自己嫌悪が、夜勤明けの疲れ果てた頭の中に、澱のように重く沈んでいた。
「3年目で辞めていい?」僕を縛った罪悪感
しかし、いざ「このままではいけない」と別の道を模索し始めてからの日々も、暗い迷路のなかで立ち往生するような時間だった。
まず僕を縛り付けたのは、強烈な罪悪感だった。
3年目になり、一人の夜勤メンバーとして数えられ、後輩の相談に乗ることも少しずつ増えていた。
人手不足の病棟で自分が抜ければ、同僚たちにさらに負担をかけてしまうのではないか。
それが怖かった。
「男なのに根性がないと思われるんじゃないか」
「3年目で急性期から離れたら、逃げたと思われるんじゃないか」
誰かに直接言われたわけでもないのに、そんな周囲の目を勝手に想像してしまう。
師長や先輩たちと目が合うたびに、胸が締め付けられた。
そんな僕の変化に気づいていたのが、同じ病棟で働く5年先輩の、8年目ナースのあんこ先輩だった。
「拓也くん、最近ちょっと疲れてない?」
そう声をかけてもらっても、
「大丈夫です」
と笑って答えることしかできなかった。
本当は、全然大丈夫ではなかった。
急性期を離れたら、看護師としての価値まで失うのだろうか
さらに、大病院の急性期病棟を離れることへの不安も、僕の足をすくませた。
急性期で身につけてきた医療処置や観察力から離れてしまえば、看護師として積み上げてきたものまで失ってしまうのではないか。
精神科や別の領域へ進んだあと、もし急性期へ戻りたいと思っても、もう戻れなくなるのではないか。
そんな恐怖が頭を離れなかった。
結局、夜ベッドに入ってからスマートフォンで看護師転職サイトを開き、求人をただスクロールして眺めるだけの日々が二ヶ月以上続いた。
気になる求人を見つけても、最後の「応募ボタン」がどうしても押せない。
指先が画面の上で止まったまま、ため息とともにアプリを閉じる。
そんな夜を何度も繰り返した。
迷いはそれだけではなかった。
規則正しい健診センターにするべきか。
美容クリニックか。
それとも訪問看護か。
複数の転職先候補の間で、僕の思考は完全に迷子になっていた。
時には、
「転職なんて大きなリスクを冒さず、今の病棟でもう少し耐えていれば、いつかこの緊張感にも慣れるのかもしれない」
と、現状維持の道へ逃げたくなる瞬間も何度もあった。
僕がしたかったのは、患者さんの心に寄り添う看護だった
それでも、僕はただ「つらい現場から逃げ出したい」のではないと気づいた。
僕が本当にしたかったのは、処置のスピードや手技の多さだけで自分の看護を測ることではない。
一人の人間として患者さんの心に寄り添い、対話を重ねながら、その人の回復を支える看護がしたい。
患者さんが何を怖がっているのか。
何に苦しんでいるのか。
どんな思いを抱えて毎日を過ごしているのか。
それをじっくり聞ける看護師になりたい。
その大切な軸に気づいたとき、僕の目に留まったのが、緑の多い落ち着いた街・成城学園前にある精神科病院の求人だった。
「ここなら、僕がやりたかった看護に近づけるかもしれない」
そう思ったとき、二ヶ月以上押せなかった「応募ボタン」を、僕はようやく自分の指で押すことができた。
転職から3ヶ月。急性期病棟から精神科病院へ
転職から三ヶ月が経った初夏の昼下がり。
僕は、かつて同じ病棟で働き、僕の様子をずっと気にかけてくれていた8年目ナースのあんこ先輩と、成城学園前の駅近くにある、緑豊かな庭に面した落ち着いたカフェのテラス席にいた。
木々には鮮やかな若葉が茂り、初夏の日差しを受けてきらきらと輝いている。
ときおり吹き抜ける風が葉を揺らし、その葉擦れの音が、ゆったりとした街の空気に溶け込んでいた。
「拓也くん、なんだか表情がすごく穏やかになったね。病棟にいた頃の、いつも何かに怯えているような張り詰めた感じが、すっかり抜けてる」
あんこ先輩が、冷たいカフェラテのグラスを傾けながら、優しく目を細めた。
「そうですか? でも、今の職場でも患者さんの精神状態の小さな変化を見逃さないようにしたり、どう声をかけたらいいのか悩んだりして、毎日必死なんですけどね」
僕は少し気恥ずかしくなって、髪をかき上げながら笑った。
精神科にも難しさはある。それでも急性期とは違う
新しく始めた精神科病院での日々は、決してストレスのない魔法の楽園というわけではなかった。
急性期外科病棟ほど、重症患者さんの急変対応や次々と入る処置に追われる場面は多くない。
その一方で、精神科では目に見えにくい患者さんの心の変化を丁寧に観察し、言葉や表情、行動の意味を考える難しさがある。
先日も、幻覚や妄想に苦しんでいる患者さんへ声をかけるタイミングを誤り、強い拒絶を受けてしまった。
ナースステーションへ戻ってから、
「あのとき、もう少し待ったほうがよかったのかな」
と何度も振り返り、自分の対話の未熟さにひどく落ち込んだ。
患者さんとの距離の取り方。
声をかけるタイミング。
沈黙をどう受け止めるか。
急性期病棟とはまったく違う種類の難しさがあった。
けれど、その失敗や悩みは、以前感じていた「次に何が起こるか分からない命の重圧に、常に押しつぶされそうになる苦しさ」とは違っていた。
「大変なことはありますけど、今の病院では、患者さんの言葉の裏にある思いに耳を傾ける時間を大切にできるんです。処置をどれだけ早く終えるかだけじゃなく、その人とどう向き合うのかを考えられる。夜に急変の夢を見て飛び起きることも、ずいぶん減りました。それだけでも、僕にはすごく大きいんです」
あんこ先輩は僕の話を遮ることなく、
「うん、うん」
と静かに頷きながら聞いてくれていた。
「転職して正解だったね」
と安易に太鼓判を押すわけでもない。
僕の今の等身大の言葉を、そのまま温かく受け止めてくれている。
急性期を離れても、僕の看護師としての価値はなくならなかった
「転職活動中、キャリアのことで本当に悩んで、夜通し求人サイトを見るだけで終わる日もありました。でもね、先輩。あのとき、周囲の目を怖がりながらも、自分が大切にしたい看護を考え抜いたからこそ、今の場所があるんだって思えます」
僕はカフェラテのグラスに浮かぶ氷を見つめながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「急性期病棟で過ごした3年間が無駄になったわけでもないんです。患者さんの小さな変化を見逃さないことも、緊急時に落ち着いて状況を整理することも、今の精神科でちゃんと役に立っています」
そして、少し笑った。
「劇的に人生がキラキラしたわけじゃないし、今でも自分の力不足に悩む日はあります。でも、あの頃に比べたら、ずっと呼吸がしやすくなりました。自分で悩んで、自分で選んだ道だから、どんな失敗も前向きに受け止められるんです」
話し終えた僕に、あんこ先輩はふわりと微笑み、静かにグラスを置いた。
「そっか。拓也くんが自分でたくさん考えて、その道を選び取ったんだもんね」
その短い言葉に、胸の奥に残っていた最後の迷いが、すっと消えていくのを感じた。
成城学園前の緑豊かな街並みに、初夏の風がゆっくりと吹き抜けていく。
木々の若葉がさらさらと揺れ、少し湿り気を含んだ風が頬を優しく撫でた。
強すぎる暑さでもなく、春の冷たさでもない。
その穏やかな初夏の風が、僕の胸の奥に残っていた重さまで、静かに遠くへ運び去ってくれるようだった。
💙あんこからのあいさつ💙
今回のエピソード、読んでみてどうでしたか?
今の職場で迷いながらも、自分が大切にしたい働き方を真剣に考えてみる。その結果として、残る選択をしても新しい道を選んでも、あなたが自分で悩んで歩き出した道なら、きっと大丈夫。あなたの張り詰めた心が、少しでも軽くなりますよう。
あなたの未来を守る「お守り」です。

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