看護師あんこ日記 episode29
8年目の同期看護師と、仕事終わりのサシ飲み
「あーーー! 生ビールが五臓六腑にしみわたるーーーっ!」
金曜日の午後8時。
仕事終わりに駆け込んだ、駅裏の赤提灯がまぶしい大衆居酒屋で、私はジョッキを豪快に傾けた。
目の前で、同じように「ぷはぁっ!」と豪快な音を立ててジョッキを置いたのは、新卒でこの病院に入職したときからの同期ナース・ミサトだ。
入職当時は15人いた同期も、過酷な急性期病棟の荒波に揉まれ、一人減り、また一人減り……。
気づけば8年目の今、この病院に残っているのは私とミサトの2人だけになっていた。
お互いに修羅場をいくつも一緒に潜り抜けてきた、いわば戦友のような存在だ。
「本当にお疲れ、あんこ。今週の病棟も、緊急入院の嵐でマジで頭おかしくなりそうだったよね」
「それな! 私なんて昨日、ドクターの指示受けの件でツボイ先輩にネチネチ言われてさ、脳みそ溶けるかと思ったわ」
焼き鳥の盛り合わせをつつきながら、お互いに日頃の愚痴をマシンガントークでぶちまける。
これが私たちの、月1回の最高のリフレッシュ方法だった。
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30歳の看護師。「この働き方を10年後も続けられる?」
最初はいつものように、病棟のトンデモエピソードや、笑える愚痴で盛り上がっていた。
だけど、お互いに2杯目のレモンサワーを飲み干したあたりで、ふと会話のテンポが緩やかになった。
居酒屋のガヤガヤとした喧騒の中、ミサトがグラスの縁を指でなぞりながら、ぽつりと呟いた。
「ねえ、あんこ。私たち、今年で30歳じゃん。……正直さ、この働き方、いつまで続けられると思う?」
ミサトの少し真剣なトーンに、私の胸がトクンと跳ねた。
「……ミサトも、そう思う?」
「思うよ。毎日思う」
「20代の頃はさ、夜勤明けでそのまま遊びに行けたし、どれだけ怒られても『次がんばろう!』って気合でカバーできた。でも最近は、体力の回復が明らかに遅いし……」
「何より、『10年後も私、この病棟で夜勤しながら走り回れてるのかな』って考えると、リアルに不安なんだよね」
ミサトは自嘲気味に笑った。
でも、その目は全然笑っていなかった。
彼女は病棟でもリーダーシップがあって、仕事もテキパキこなす「できるナース」だ。
そんなミサトですら、私とまったく同じように、将来への不安を抱えていた。
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「仕事に行けなくなった」ことを、初めて同期に話した
「私ね」
私はグラスを両手で包み込みながら、ずっと誰にも言えなかった本音を、初めて口にしてみた。
「この前の朝、出勤しようとしたら玄関で急に靴が履けなくなって、涙が止まらなくなっちゃったんだよね」
「あ、私、もう限界なんだなって思ってさ」
ミサトは驚いたように目を見開いた。
そして少し黙ったあと、ものすごく優しい目で私を見つめた。
「あんこ……。そんなに一人で抱え込んでたんだ」
「頑張りすぎてたんだよ、本当に」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじわーっと熱くなった。
自分では、
「まだ大丈夫」
「みんなも同じくらい頑張っている」
と思い続けてきた。
でも、誰かに初めて、
「頑張りすぎてたんだよ」
と言われると、自分がどれだけ無理をしていたのかを、改めて突きつけられた気がした。
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「実は私も転職を考えてる」同期の一言に救われた
「それでね、実はこっそり、転職サイトに登録してみたの」
「まだ誰にも言ってないんだけど、病院以外の求人を見てたら、夜勤がなくて、土日休みで、自分の時間をちゃんと大切にできる仕事もあって」
「私、今までこの病院の常識が全部だと思ってたから、すごく衝撃だった」
口にしながら、一瞬だけ不安がよぎる。
怒られるかもしれない。
「私たちを置いて逃げるの?」
と思われるかもしれない。
そんな私の心配をよそに、ミサトの口から飛び出したのは、予想もしない一言だった。
「……実はさ、私もなんだよね」
「えっ!? ミサトも!?」
「うん。私も先月から、日勤のみの求人とか、健診センターの仕事とか、スマホで夜な夜な調べてる」
ミサトが、いたずらっぽく笑う。
その瞬間。
私の心をずっと覆っていた、
「自分だけ逃げるような罪悪感」
と、
「私だけがこの働き方に耐えられないのかもしれないという孤独感」
が、ふっと軽くなった。
「なんだ、2人して同じこと考えてたんじゃん!」
「あはは! 本当だよね! 私も自分だけだと思ってた!」
私たちは顔を見合わせて、今日一番の笑顔で笑い合った。
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看護師の転職は「逃げ」じゃない。別の働き方を選んでもいい
お互いに、看護の仕事は好きだ。
この病院で身につけた経験にも誇りがある。
だからこそ、
「自分が潰れるまで今の場所に残る必要はない」
と、お互いに言えることが嬉しかった。
「看護師の資格ってさ、病院のために自分を犠牲にするためのものじゃないよね」
ミサトが言った。
「私たちが幸せに生きるための、強い味方のはずじゃん」
その言葉が、私の胸にじんわりと、だけど力強く染み渡っていった。
そうだ。
転職することは、今まで一緒に働いてきた人たちを裏切ることじゃない。
日勤だけの働き方を選んでもいい。
土日休みを選んでもいい。
病院以外の場所へ行ってもいい。
今までの経験を活かしながら、もっと自分に合う場所を選んだっていい。
「別の世界を見てもいいんだ」
そう思えたことが、何よりの救いだった。
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30歳、一人で悩む転職活動をやめようと思った
居酒屋を出ると、夜の心地よい風が、少し火照った顔を優しく冷ましてくれた。
「あんこ、話してくれてありがとう。私、なんだかすごく心が軽くなった!」
「私の方こそだよ。ミサトが同期で、本当に良かった」
駅の改札前で、
「また月曜日ね!」
と手を振り合って別れた。
アパートへ向かう帰り道。
私の心の中は、居酒屋に入る前とは比べものにならないくらい、温かくて前向きなエネルギーで満たされていた。
月曜日になれば、また過酷な病棟の日常が始まる。
明日から何かが急に変わるわけじゃない。
でも、
「私の悩みを分かってくれる人がいる」
そして、
「別の働き方を選ぶことは悪いことじゃない」
と確信できた。
それだけで、足元がずっとしっかりしたような気がした。
30歳。
一人で悩む夜は、もうおしまい。
転職するかどうか。
いつ動くのか。
どんな職場を選ぶのか。
答えは、それぞれ自分で決めればいい。
でも、悩みまで一人で抱え込む必要はない。
手帳を開き、ミサトと笑い合った時間を思い出しながら、私は自分の未来のカレンダーを、もっと自由なものに変えていくための「本当の勇気」を胸の奥に灯し始めていた。
(ついに最終回、episode 30へ続く)
💙あんこからのひとこと
episode29を覗いていただき、ありがとうございます!
現役ナースの皆さん。信頼できる同期や同僚と「実は私もさ……」って将来の不安や転職の本音を打ち明け合って、心がすんごく救われた経験、ありませんか?
「本当にそれ! 」と深く共感してくれた方は、ぜひ♡やコメントを残していってくださいね。大切な仲間と一緒に、自分たちの幸せな未来を作っていきましょう〜!

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