看護師あんこ日記 episode28
看護師になってから、自分のための服を買っていなかった
「……あれ? 私、最後に自分の服を買ったのっていつだっけ?」
日曜日の午前中。
久しぶりにシフトの奇跡が起きて勝ち取った「普通の週末休み」に、私はクローゼットの前で腕を組んで立ち尽くしていた。
ハンガーに並んでいるのは、病院の行き帰りにテキパキ着脱できるユニクロの無地Tシャツ。
しゃがみやすさ重視のストレッチチノパン。
そして、家の中でダラダラ過ごすためのヨレヨレのスウェット。
見事なまでに、アースカラーとモノトーン。
オシャレの「オ」の字も見当たらない、極めて実用性のみを追求したラインナップだ。
看護師になってからの20代。
私の戦闘服は、いつだって「白衣」だった。
週の大半は白衣を着て過ごし、髪は1秒でまとめられるひっつめ髪。
職場と家を往復するだけの毎日に、華やかな服なんて必要なかった。
たまの休みは疲れて寝ているか、推しのライブへ動きやすい服で出かけるくらい。
「私、そういえば、一人の30歳の女性だったはずなんだけどな……」
鏡に映る自分を見つめていたら、ふと猛烈な寂しさが込み上げてきた。
このまま白衣に自分の人生のすべてを乗っ取られたまま、30代まで終わっていくのは嫌だ。
そう思った私は、気合を入れてメイクをし、久しぶりにデパートへ出かけることにした。
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仕事用ではない「ちょっといい服」を選んでみた
デパートの1階に一歩足を踏み入れた瞬間、きらびやかな照明と、高級な香水の甘い香りにクラクラした。
いつも病院の消毒液や湿布の匂いに囲まれている私にとって、そこは完全なる異世界だ。
おっかなびっくりエスカレーターに乗り、レディースファッションのフロアへ向かう。
並んでいるお店を何気なく覗きながら歩いていると、あるセレクトショップのマネキンが着ていた「1着のワンピース」に、私の視線がクギ付けになった。
落ち着いたミントグリーン。
繊細なプリーツが綺麗なロングワンピース。
爽やかで、上品で、風が吹けばサラサラと揺れそうな一着。
私のクローゼットには、天地がひっくり返っても存在しない「圧倒的な華やかさ」を放っていた。
「素敵だな……。あ、でも、結構いいお値段する……」
値札をチラッと見て、心の中のミニあんこが、
「これ、日勤の残業何時間分!?」
と電卓を叩き始める。
でも、次に浮かんだのは別の疑問だった。
「そもそも、私、この服を着てどこに行くんだろう?」
今の生活なら、クローゼットの肥やしになるかもしれない。
そう思って、その場を離れようとした時だった。
「よかったら、ご試着だけでもしてみませんか? お客様の雰囲気に、とってもお似合いになりそうです!」
ショップの店員さんが、ふんわりと笑顔で声をかけてくれた。
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白衣を脱いだ自分を見て、「私の人生」を思い出した
「じゃあ……着るだけ、着てみます」
緊張で心臓をバクバクさせながら、試着室へ入った。
Tシャツとチノパンを脱ぎ、そのミントグリーンのワンピースにそっと身体を通す。
背中のファスナーを上げ、大きな鏡の前に立った瞬間、
「あ……」
と、小さく声が漏れた。
そこに映っていたのは、いつも病棟を険しい顔で走り回っている、
「看護師のあんこさん」
ではなかった。
綺麗なプリーツが身体を優しく包み込み、顔周りがパッと明るく見える。
白衣の時には隠れていた、一人の女性としての「私」が、そこにちゃんといた。
「私、まだこんな風に笑えるんだ……」
ここ最近、仕事のことで頭がいっぱいだった。
疲れて。
悩んで。
自分のことを、すっかり擦り切れた消耗品みたいに感じることもあった。
でも、鏡の中の私は、これから始まる30代をいくらでも新しく彩っていけそうに見えた。
「お客様、すっごく素敵です! どこかへお出かけしたくなっちゃいますね!」
店員さんの言葉に、胸の奥がポッと温かくなった。
お出かけ。
そうだ。
私にはこれから、この服を着て出かけるための「自分の時間」を作ることができる。
「これ、いただきます!」
私はクレジットカードを差し出し、自分でも驚くほどハッキリとした声でそう言った。
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「看護師だから仕事中心」が当たり前になっていた
デパートの紙袋を大切に抱えながら、駅への道を歩く。
袋の重みが、なんだかとても誇らしくて、嬉しくて、自然と背筋が伸びる。
看護師という仕事は大好きだ。
これからも大切にしていきたい。
でも、私は仕事のためだけに生きているわけじゃない。
白衣を着ている私は、私の一部。
白衣を脱いだ私も、同じように大切な私だ。
友達とランチをする。
オシャレをして出かける。
旅行へ行く。
映画を見る。
カフェで何時間もおしゃべりする。
そんな時間を楽しむことも、私の人生には必要なのだ。
「看護師なんだから忙しくて当然」
「休みは疲れを取るために寝るもの」
いつの間にか、そんな働き方を自分でも「普通」だと思っていた。
でも本当は、仕事以外の自分をもっと楽しんでもよかったんだ。
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30代は「仕事と私生活」の両方を大切にできる働き方へ
家に帰ると、さっそく購入したワンピースをクローゼットの一番いい場所へ掛けた。
地味な色の服たちの中で、そこだけがパッと明るい光を放っている。
「よし。来月は、このワンピースを着て、あのオシャレなカフェに行こう!」
私は手帳を開いて、次の休日のマスに予定を書き込んだ。
すぐに退職するわけでもない。
明日から生活がガラリと変わるわけでもない。
でも、このミントグリーンのワンピースがクローゼットにあるだけで、
「仕事以外の自分も大切にしたい」
という気持ちを忘れずにいられる気がした。
次の職場を選ぶときには、給与や仕事内容だけじゃなく、
「休日をちゃんと楽しめるか」
「仕事以外の自分を大切にできるか」
そんなことも条件に入れていい。
30歳。
看護師としての人生も大切。
でも、一人の人間としての人生は、もっと長い。
白衣を脱いだ時間まで含めて、
「この人生で良かった」
と思える30代にしたい。
私はクローゼットのミントグリーンを眺めて、フフッと小さく笑った。
白衣を脱いだ私の人生のプロデュースは、まだ始まったばかりだ。
(episode 29へ続く)
💙あんこからのひとこと
episode28を覗いていただき、ありがとうございます!
現役ナースの皆さん。ふとクローゼットを見たときに「あれ、仕事用の服と楽な部屋着しかなくない…?」って愕然とした経験、ありませんか?
「そうそう!」と共感してくれた方は、ぜひ♡マークやコメントを残していってくださいね。私たちは仕事のマシーンじゃない! 自分自身の人生を、もっともっとお気に入りの色で満たしていきましょうね〜!

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