お局ナースの「私はこの生き方しか知らない」の言葉

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看護師あんこ日記 : episode25

お局ナースは本日もキレッキレ

「ちょっと、あんこさん! 3号室のカルテの記載、ここの表現が少し曖昧じゃない? ちゃんと次の勤務帯の人が困らないように書いてって、私いつも言ってるよね?」

午後3時。日勤の終わり際、ナースステーションに響き渡るキンキンとした高音ボイス。

声の主は、我が5階病棟の絶対権力者であり、勤続20年超えのベテランお局ナース、ツボイ先輩(50代・独身)である。

「すみません、ツボイ先輩。すぐに修正しておきます!」

私は営業用スマイルをフル稼働させて、マッハでカルテを打ち直した。

ツボイ先輩は、仕事に対してめちゃくちゃ厳格で、知識も豊富。だけど、とにかく気性が激しくて、機嫌が悪い日は病棟全体の空気を一瞬で氷河期にする、みんなから恐れられている存在だ。今日も今日とて、朝から若手ナースのミスを見つけては、ヒステリックに詰め寄っていた。

「あーあ、ツボイ先輩、今日もキレキレだったなぁ……」

残業を終え、誰もいなくなった夕方の更衣室。

私がロッカーの前で疲れてほうけていると、ガラガラとドアが開いて、まさかのツボイ先輩がドカッとベンチに腰掛けた。一瞬で私の背中に緊張の電流が走る。

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愚痴のあとに溢れた、絶対権力者の「本音」

「お疲れ様です、先輩」

「あー、お疲れ。……はぁ、マジで疲れた。なんなの最近の若い子は。指示待ちばっかりで自分で考えようとしないんだから」

ツボイ先輩は、白衣のポケットから強引に栄養ドリンクを取り出すと、キャップをバキッと開けて一気に飲み干した。

いつもの戦闘モードのツボイ先輩なら、ここで「お先に失礼します!」と逃げるのが正解だ。だけど、今日の先輩の肩は、心なしかいつもより少し丸まって見えた。

「本当に、この病院もどんどん制度が変わって、人手は足りないし、書類ばっかり増えてやってられないわよね。私なんて、毎日家と病院を往復してるだけで、何のために生きてるんだか分かんなくなっちゃうわよ」

あのツボイ先輩の口から出た、まさかの「やってられない」という愚痴。

いつも完璧で、病院のシステムそのものみたいな人だと思っていたから、私は驚いて思わず先輩の顔を見つめてしまった。

「……だったら、先輩。少しお休みを長めにとるとか、あるいは、他の環境を覗いてみるとかっていうのも、アリなんじゃないですか?」

私は少しドキドキしながら、マイルドに提案してみた。

すると、ツボイ先輩は、栄養ドリンクの空き瓶をじっと見つめたまま、自嘲気味にフッと鼻で笑ったのだ。

「他の環境? 無理よ、そんなの。私、22歳からずーっとこの病棟にいるのよ? 今さら外の世界に出たって、何ができるっていうのよ。私には、この生き方しか知らないし、これしかないんだから」

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10年後、20年後の私を見ているような「恐怖」

「私にはこれしかないから」

更衣室のコンクリートの床にポツンと落ちた先輩のその言葉が、私の胸の奥に、冷たいクサビのように突き刺さった。

先輩は、この病院の激務に文句を言い、上層部の理不尽さに怒り、毎日イライラしながら働いている。

それなのに、ここから抜け出すという選択肢は、先輩の頭の中にはハナから存在していないのだ。なぜなら、長い年月をかけて「今の場所の常識」に染まりきってしまい、外の世界に飛び出す勇気も、新しいことを始めるエネルギーも、とっくにすり減って消えてしまっているから。

その姿を見た瞬間、私の背筋に、ゾワゾワッとした強烈な戦慄が走った。

「待って。これ、今のまま思考停止してここに残り続けた、10年後、20年後の私の姿なんじゃないの……?」

今はまだ30歳。8年目の経験があって、まだギリギリ体力もあって、世間を客観的に見る目も残っている。

だけど、もしここで「まあ、看護師なんてどこもこんなもんだよね」「新しい環境に行くのも面倒だし、我慢すればいいか」と現状に甘んじて、思考停止してしまったら。

気がつけば私も、毎日眉間にシワを寄せて後輩を怒鳴り散らし、「私にはこれしかないから」と愚痴を吐きながら、一生この5階病棟の檻(おり)の中で消耗し続けるお局ナースになってしまうかもしれない。

不満を言いながらも、同じ場所に留まり続けること。

それこそが、実は人生において一番怖くて、一番の「リスク」なんじゃないか。ツボイ先輩の後ろ姿を見つめながら、私は生まれて初めて、その本当の怖さに気づかされてしまった。

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30歳、私は「私の檻」の鍵を開ける

「……お先に失礼します」

更衣室を出て、夕暮れ時の街を歩きながら、私は何度も何度もツボイ先輩の言葉を反芻(はんすう)していた。

先輩の生き方を否定するつもりは全くない。一つの場所で20年以上働き続けるのは、それだけで並大抵のことではないし、ものすごいリスペクトに値する。

だけど、「私はその生き方を選びたいか?」と聞かれたら、答えは首がもげるほどの「NO」だ。

私は、自分の人生の可能性を「これしかない」なんて言葉で、30歳のうちから狭めたくない。

世の中にはもっとたくさんの働き方があって、たくさんの選択肢がある(第23話)。

「私は、外の世界を知っている人間になるんだ」

スマホの画面を開き、昨日登録した転職サイトのマイページを表示する。

画面の向こうには、まだまだ私の知らない、新しくて広い世界が広がっている。

「これしかない」ではなく、「これを選びたい」と言える30代を迎えるために、私は思考停止という名の温い沼から、完全に足を抜き去る覚悟を決めた。

駅のホーム、夜風に吹かれながら、私は自分の未来のカレンダーを、自分の手で新しく書き換えていく決意を、静かに、だけど熱く胸に刻み込んでいた。

(episode 26へ続く)

💙あんこからのひとこと🩵

episode25を覗いていただき、ありがとうございます!

現役ナースの皆さん。お局さんの「不満だらけだけど、もう私にはこれしかないから…」っていう寂しい本音を聞いて、ハッとさせられた経験、ありませんか?

経験のある方は、ぜひ♡マークやコメントを残していってくださいね。30歳、私たちはまだまだ何にだってなれる! 思考停止せず、自分の足で新しい未来を迎えにいきましょう〜!

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