佐々木 玲子・8年目(不妊治療専門クリニック)
前年の秋。
すっきりと晴れ渡った朝の代官山。
なだらかな坂道には、どこか洗練された静けさが漂っていた。
通り沿いのカフェから流れてくる珈琲の香り。街路樹は黄色や赤に色づき始め、乾いた秋風が吹くたびに、落ち葉が歩道をカサカサと転がっていく。
柔らかな朝の日差しが、その葉の隙間から降り注いでいた。
本来なら、心を穏やかにしてくれるはずの風景。
けれど、当時の私の重い足取りを軽くしてはくれなかった。
向かう先にある総合病院。
あの独特の消毒液の匂いが染みついたナースステーションを思い出すだけで、胃の奥がきりきりと痛むような気がした。
8年目になっても苦しかった「連帯責任」という空気
看護師として8年目。
病棟では中堅として、リーダー業務や後輩の支援など、周囲から頼られることが増えていた。
けれど、私を限界まで追い詰めていたのは、夜勤の負担や日々の忙しさだけではなかった。
一番苦しかったのは、何か問題が起きるたびに、
「チーム全体の責任」
「先輩の指導責任」
という言葉で、必要以上に誰かを責める病棟の空気だった。
ある日、2年目の後輩ナースが点滴に関するインシデントを起こした。
患者さんへの大きな影響には至らなかった。
当然、何が起きたのかを振り返り、再発を防ぐための検討は必要だ。
けれど、私が苦しくなったのは、その後のカンファレンスだった。
「佐々木さん、あなた8年目よね? 後輩がこういうミスをするまで、指導する側は何をしていたの?」
師長の厳しい声が響いた。
「これは本人だけの問題じゃありません。チームとして考えてください」
後輩の指導に改善すべき部分があったのかもしれない。
私自身にも、もっとできたことがあったのかもしれない。
でも、私は違和感を覚えていた。
本当に必要なのは、誰か一人を責めることではなく、
なぜ確認が十分にできなかったのか。
業務の流れに問題はなかったのか。
忙しさや情報共有の方法に改善できる点はなかったのか。
そうした原因をチームで考えることではないのだろうか。
それなのに、私には「誰が悪かったのか」を探しているように感じられた。
「私、誰かに怒られないために看護師をやっているわけじゃないのに……」
その日の帰り道。
赤く色づいた街路樹を見上げながら、胸の奥で何かが静かに切れた。
「私が辞めたら後輩はどうなる?」8年目だからこその罪悪感
けれど、そこからすぐに次の行動を起こせたわけではなかった。
私の心は、何ヶ月もの間、深い葛藤の中にあった。
まず私を縛ったのは、8年目という立場だった。
リーダー業務。
委員会。
新人や若手のフォロー。
後輩から相談を受けることも多い。
ここで自分が抜ければ、ただでさえ忙しい病棟で、残されたスタッフの負担が増えてしまうのではないか。
特に気になったのは、後輩たちだった。
「佐々木さんまで辞めちゃうんですか」
そう言われる場面を勝手に想像してしまう。
「後輩を見捨てたと思われるかもしれない」
「8年目なのに無責任だと言われるかもしれない」
そんな周囲の目が怖かった。
同じ病棟には、同じ8年目のあんこがいた。
年次が同じこともあり、ときどき休憩室で仕事の悩みを話す間柄だった。
ある日の休憩中、あんこが私の顔をじっと見た。
「玲子ちゃん、最近ちょっと疲れてない?」
「そう?」
「うん。なんか、ずっと力入ってる感じする」
私は笑ってごまかした。
「8年目にもなれば、いろいろあるよ」
そのときは、それ以上話すことができなかった。
「8年も病棟で働いたのに」急性期を離れる怖さ
もう一つ、私を迷わせたのがキャリアだった。
急性期病棟で8年間働いてきた。
患者さんの状態変化を観察すること。
優先順位を考えること。
急変時に動くこと。
後輩を支えること。
そうやって積み上げてきた経験がある。
だからこそ、
「ここを離れてしまっていいの?」
という気持ちが強かった。
「急性期を離れたら、これまで身につけた技術が衰れるんじゃないか」
「クリニックへ行ったら、病棟へ戻りたくなったときに困るんじゃないか」
そんな不安が頭から離れなかった。
転職サイトのアプリをダウンロードしても、求人を眺めるだけの日々が二ヶ月以上続いた。
一般クリニック。
小児科。
訪問看護。
美容クリニック。
そして、不妊治療専門クリニック。
気になる求人を見つけても、
「応募する」
というボタンが押せない。
指先を画面の上で止めたまま、ため息と一緒にアプリを閉じる。
そんな夜を何度も繰り返した。
「逃げたい」のではなく、一つの分野を深く学びたかった
迷い続ける中で、私は自分自身に問いかけた。
「次の職場で、私は何をしたいんだろう」
夜勤をなくしたいだけなのか。
人間関係から離れたいだけなのか。
もっと楽な仕事がしたいのか。
考えていくうちに、少しずつ答えが見えてきた。
私は、看護師としてもっと勉強したかった。
ただし、誰かに怒られないために知識を身につけるのではない。
自分が興味を持てる分野を、もっと深く知りたい。
一つの領域に向き合い、専門性を高めながら患者さんを支えてみたい。
そんな思いが、自分の中にあることに気づいた。
そのとき、何度も求人画面で目にしていた不妊治療専門クリニックが、初めて違って見えた。
生殖医療という、自分にとって新しい分野。
治療を受ける患者さんの身体的な負担だけでなく、不安や期待、迷いにも向き合う看護。
「ここなら、8年間の経験を持ったまま、新しい看護を学べるかもしれない」
そう思った夜。
私は二ヶ月以上押せなかった「応募する」のボタンを、ようやく押した。
転職から3ヶ月。新しい専門分野で働く私
そして翌年の秋。
不妊治療専門クリニックへ転職して三ヶ月が経った頃。
私は、以前の病棟で一緒に働いていた同じ8年目のあんこと、代官山の裏路地にあるオープンカフェのテラス席にいた。
街路樹は黄色や赤に色づき、乾いた秋風が時折テラスを通り抜ける。
コンクリート打ちっぱなしの建物には、傾き始めた午後の日差しが柔らかく反射していた。
「玲子ちゃん、なんだか表情がすっきりしたね。病棟にいた頃、ずっと張り詰めてたもん」
あんこが、温かいカプチーノのカップを両手で包みながら微笑んだ。
「そうかな? でも今、頭の中は結構大変だよ。覚えることが本当に多くて」
私は苦笑した。
「生殖医療って、病棟とは全然違う知識が必要だから。毎日勉強してる」
転職先も「完璧な場所」ではなかった
不妊治療専門クリニックでの仕事も、決してすべてが完璧というわけではなかった。
治療の流れ。
薬剤。
検査。
処置。
患者さん一人ひとりのスケジュール。
新しく覚えなければならないことが、次々と出てくる。
そして、治療を受ける患者さんの思いも一人ひとり違う。
期待を抱いて来院する人。
結果が出ず、落ち込んでいる人。
周囲には話せない悩みを抱えている人。
だからこそ、同じ言葉でも、その人の状況によって受け止め方が違う。
先日も、患者さんへの声のかけ方について先輩から、
「励ますことだけが寄り添うことじゃないから、その人が今どう感じているのかをまず見てみよう」
とアドバイスされた。
その日は、自分では相手を励ましたつもりだっただけに、少し落ち込んだ。
専門性だけではない。
患者さんの気持ちとの距離の取り方も、まだまだ学ぶことが多かった。
医療の現場である以上、患者さんの状態変化への対応や安全への注意も必要だ。
病棟とは違う種類の緊張感と難しさが、ここにはあった。
「誰が悪いか」ではなく、「どうすればよくなるか」を考えられる
「大変だけど、前とは違うんだよね」
私はあんこに言った。
「今の職場でも、もちろんミスしないように確認するし、何かあれば振り返る。でも、私がいいなって思ったのは、『誰が悪かったの?』だけで終わらず、『次はどうしたら防げる?』って話ができることなの」
自分に改善すべきことがあれば、きちんと向き合う。
知らないことがあれば勉強する。
それでも、一人ですべてを背負うのではなく、必要なことをスタッフ同士で共有する。
「勉強したことが、そのまま患者さんのサポートにつながっている感じがするんだ」
あんこは、
「うん、うん」
と静かに頷いていた。
「転職して正解だったね」
とは言わない。
ただ、私の話をそのまま聞いてくれている。
それが、心地よかった。
病棟で過ごした8年間は、新しい専門分野でも生きている
「転職活動してた頃、すごく怖かった」
私はカプチーノのカップを見つめながら話した。
「8年も病棟で働いて、それを途中で捨てるみたいな気がしてたから」
でも、実際に働いてみると違った。
患者さんの表情を見ること。
小さな体調変化に気づくこと。
不安そうな人に声をかけること。
医師に必要な情報を伝えること。
優先順位を考えて動くこと。
急性期病棟で8年間積み重ねてきたものは、職場が変わっても自分の中に残っていた。
「病棟の8年間を捨てたんじゃなくて、その8年間を持ったまま、新しい分野に来たんだって思えるようになった」
私は少し笑った。
「人生が劇的に変わったわけじゃないし、今でも自分の未熟さに落ち込む日はある。でも、前より呼吸がしやすくなった。今は、もっと知りたいって思えるんだよね」
あんこはふわりと微笑み、静かにカップを置いた。
「そっか。玲子ちゃんが自分でたくさん考えて、その道を選び取ったんだもんね」
その短い言葉を聞いた瞬間、胸の奥に残っていた最後のトゲが、すっと溶けていくような気がした。
カフェを出ると、代官山の街は秋の夕暮れに包まれていた。
赤や黄色に色づいた葉が、乾いた風に乗って歩道を舞っている。
前年の秋。
同じ街を歩きながら、私は、
「この場所で耐え続けるしかないのかな」
と思っていた。
そして今年の秋。
私はまた、代官山の街を歩いている。
同じ8年目のあんこと並びながら、今度は少し違う未来を見ていた。
急性期を離れたから、キャリアが終わったわけではない。
8年間積み上げてきたものを持ったまま、新しい専門性を積み重ねていけばいい。
働く場所が変わっても、看護師として歩いてきた時間は消えない。
秋風が、色づいた街路樹を揺らした。
私はその風を感じながら、ゆっくりと前を向いた。
💙あんこからのあいさつ💙
今回のエピソード、読んでみてどうでしたか?
今の職場で迷いながらも、自分が大切にしたい働き方を真剣に考えてみる。その結果として、残る選択をしても新しい道を選んでも、あなたが自分で悩んで歩き出した道なら、きっと大丈夫。あなたの張り詰めた心が、少しでも軽くなりますよう。
あなたの未来を守る「お守り」です。

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