井上 智子・9年目(介護老人保健施設)
澄み切った秋の朝、練馬の駅前へと続く大通りには、少しひんやりとした乾いた空気が満ちていた。街路樹の葉はところどころ黄色や赤に色づき始め、どこかのんびりとした雰囲気を残すベッドタウンの街並みを、私は重い足取りで歩いていた。すれ違う通勤客の波に逆らうように病院へ向かうとき、白衣の入ったトートバッグの重みが、そのまま私の心にのしかかる。看護師として9年目を迎え、病棟では誰もが頼る「ベテラン」の立ち位置にいるはずなのに、毎朝ナースステーションの自動ドアを開ける瞬間の、あの胃がキリキリと収縮するような緊張感だけは変わらない。ロッカー室でナース服に袖を通しながら、深く、大きく息を吐き出すのが、ここ数年の私の消えないルーティンになっていた。
「有休消化率高め」のはずだった。求人票と現実の大きな違い
私の心を限界まで削っていたのは、急性期病棟特有のめまぐるしい急変対応や人間関係のギスギス感そのものではなかった。それは、入職時の求人票に書かれていた「有休消化率高め」という言葉の裏に隠されていた、あまりにもお粗末な組織の嘘だった。9年目ともなれば現場のシフトを任されることもあるが、この病棟には何年も前から続く「見えないシステム」が横行していたのだ。
「井上さん、来月のシフトなんだけど、希望出してないところに有休入れておいたから。これでうちの病棟も消化率100%達成だよ」
師長から笑顔で渡された勤務表を見て、私は耳を疑った。私たちが体調不良やリフレッシュのために使うはずの有給休暇が、本人の同意もなしに、ただ人員不足を穴埋めするための「勝手な公休編入」として消費されていた。本当の意味での休みは増えず、ただ書類上の数字だけが綺麗に書き換えられていく。おかしいと声を大にして言えば、病棟のパワーバランスを崩し、お局の先輩ナースたちから「わがままを言うな」と睨まれる。組織の都合で都合よく言葉をすり替えられ、嘘にまみれた環境のなかで働く毎日に、私は猛烈な虚しさを感じていた。「私のこれまでのキャリアと積み上げてきたスキルは、こんな嘘を当たり前のように受け入れるためにあるのだろうか」。そんな澱のような疑問が、夜勤終わりの疲れ果てた頭の中で、消えない足枷のようにずっと重く沈んでいた。
「私が辞めたら後輩はどうなる?」9年目の私を縛った罪悪感
しかし、いざ「こんな嘘つきな場所は見切ろう」と決意してからの数ヶ月間は、暗い霧のなかで立ち往生するような葛藤の連続だった。
何よりも私を縛り付けたのは、9年という長いキャリアがもたらす強烈な罪悪感だった。病棟の屋台骨として、新人看護師の指導やプリセプターのサポート、委員会業務まで背負っている自負がある。このタイミングで自分が抜ければ、ただでさえ人手不足の現場がさらに崩壊し、慕ってくれる後輩たちを見捨てることになる。「ベテランのくせに責任感がない」「自分勝手だ」と周囲から冷たい目を向けられるのが怖くて、勤務中はいつもビクビクしていた。
「急性期を離れて大丈夫?」9年積み上げたキャリアを手放す怖さ
それに、「病院以外の世界で本当に通用するのだろうか」という不安も私の足をすくませた。急性期の最前線しか経験していない自分が、医療手技の少ない介護老人保健施設(老健)などに移ってしまったら、これまで培った技術が無駄になり、看護師としての自分の価値を完全に無くしてしまうのではないかという恐怖があった。結局、夜ベッドに入ってから、スマートフォンで看護師転職サイトの求人画面をただスクロールして眺めるだけの日々が二ヶ月以上も続いた。気になる条件を見つけても、画面の「応募ボタン」がどうしても押せないのだ。指先が画面の上で静止したまま、ため息とともにアプリを閉じる夜が何度も繰り返された。
迷いは選択肢の多さによってさらに深まっていった。規則正しい一般クリニックや美容クリニックにするべきか、夜勤のない訪問看護か、あるいは今の病棟でひたすら労基への相談などの選択肢を考えるべきか。複数の転職先候補の間で、私の思考は完全に迷子になっていた。時には「転職なんて大きなリスクを冒さず、今の病棟でひたすら自分の心を麻痺させ、有休の嘘に目を瞑って耐え忍ぶほうが一番傷つかないのかもしれない」と、現状維持の道へ逃げたくなる瞬間も何度もあった。
私が求めていたのは「ルールを誠実に守る職場」だった
それでも、私はただ「有休が消化できないから」辞めるのではないと気づいた。私は、働く人間の権利や労務管理がホワイトに守られ、一人の医療従事者として、誠実な組織の中で納得のいく働き方をしたいのだ。個人の精神論で嘘を耐えるのではなく、ルールが徹底された環境で丁寧な看護がしたい。その大切な軸に気づいたとき、私は大手医療法人が運営する労務ホワイトな大型老健への応募へ向けて、ようやく一歩を踏み出すことができた。
転職から3ヶ月。急性期病棟から大型老健へ
転職から三ヶ月が経った秋の昼下がり。私は、かつての病棟の後輩であり、私の苦悩を誰よりも知ってくれていた8年目ナースのあんこと、練馬の駅近くにある、緑に囲まれた落ち着いたカフェのテラス席にいた。
街路樹は黄色や赤に色づき、時折吹く秋風に乾いた葉がカサカサと音を立てて歩道を転がっていく。どこかゆったりとしたベッドタウンの空気感が、心地よい時間を作っている。
「智子さん、なんだか表情がすごくすっきりしたね。病棟にいた頃の、あのいつも何かに耐えているような張り詰めたオーラがすっかり抜けてる」
あんこが、温かいカフェラテのカップを手にしながら、優しく微笑んだ。
「本当? でも、今の職場でも毎日たくさんの利用者さんの健康管理や、介護スタッフとのコミュニケーションに追われていて、必死なんだよ」
私は少し照れくさそうに笑った。
老健にも大変さはある。それでも病棟時代とは違う
新しく始めた大型老健での仕事は、決してすべてが完璧な魔法の楽園というわけではなかった。病棟のような急変や命の危機が少ない代わりに、ここでは利用者さんそれぞれの生活に根ざした、目に見えない「小さな変化」を見極めるアセスメント能力が求められる。先日も、利用者さんであるおじいちゃんの食事量のわずかな低下を見落としそうになり、介護職のスタッフから共有を受けて自分の観察不足の未熟さにひどく凹んだばかりだった。施設特有の、多職種との役割分担や独特の距離感は、病棟とはまた違う種類の緊張感と難しさがあった。
けれど、その失敗や悩みは、あの病棟時代に感じていた「理不尽に組織の嘘に振り回される絶望」とは、全く異なる性質のものだった。
「大変なことはあるけど、今の老健は労務管理が本当にホワイトで、有休も希望通りにちゃんと使えるの。嘘がない。誰も私の後ろに立って『勝手に消化しておいたから』なんて詰め寄ってこない。それだけで、すごく救われてる」
あんこは、私の話を遮ることなく、「うん、うん」とただ静かに頷いて聞いてくれていた。「転職して大正解でしたね」と安易に太鼓判を押すわけでもなく、私の今の等身大の言葉を、そのまま温かく受け止めてくれている。
9年の経験を捨てたのではなく「納得して働ける場所」を選んだ
「転職活動中、9年目での環境の変化というキャリアのことで本当に悩んで、夜通し求人サイトを見るだけで終わる日もあった。でもね、あの時、周囲の目への恐怖に怯えながらも、自分が大切にしたい働き方を考え抜いたからこそ、今の場所があるんだって思えるの。劇的に人生が好転したわけじゃないし、今でも自分の力不足に悩む日はある。でも、あの頃に比べたら、すごく呼吸がしやすくなったの。自分で悩んで、自分で選んだ道だから、どんな失敗も前向きに受け止められるの」
話し終えた私に、あんこはふわりと微笑み、静かにカップを置いた。
「そっか。智子さんが自分でたくさん考えて、その道を選び取ったんですもんね」
その短い、けれど私の歩んできた道のりのすべてを肯定してくれるような言葉に、胸の奥に残っていた最後のトゲがすっと消えていくのを感じた。色づいた街路樹の間を抜けてきた秋の風が、私の頬を優しく撫でていく。病院へ向かっていた頃には冷たく感じていた季節の風が、今は不思議なほど心地よかった。
💙あんこからのあいさつ💙
今回のエピソード、読んでみてどうでしたか?
今の職場で迷いながらも、自分が大切にしたい働き方を真剣に考えてみる。その結果として、残る選択をしても新しい道を選んでも、あなたが自分で悩んで歩き出した道なら、きっと大丈夫。あなたの張り詰めた心が、少しでも軽くなりますよう。
あなたの未来を守る「お守り」です。

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