アナザーストーリーver.14|後輩指導と激務に見合わない基本給に絶望した私が見つけたスキルを正当に評価される働き方で、私らしく輝ける毎日へ

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中村 遥・8年目(美容皮膚科クリニック)


夏の朝、銀座の並木通りには、すでに強い日差しが降り注いでいた。街路樹の濃い緑が朝の光を受け、まだ人通りの少ない高級ブランド店のショーウィンドウに自分の姿が映る。看護師として8年目を迎え、病棟では誰もが認める「ベテラン」の立ち位置にいるはずなのに、毎朝ナースステーションの自動ドアを開ける瞬間の、あの胃がキリキリと収縮するような緊張感だけは変わらない。白衣に着替えながら深く息を吐き出すのが、ここ数年の私の消えないルーティンになっていた。


看護師8年目。責任ばかり増えても給与はほとんど変わらなかった

私の心を限界まで削っていたのは、急性期病棟特有のめまぐるしい急変対応や人間関係のギスギス感そのものではなかった。それは、8年目というキャリアだからこそ当然のように押し付けられる、膨大な後輩指導や委員会の統括業務と、それに見合わない「新卒と数千円しか変わらない基本給」という冷酷な現実だった。

「中村さん、今月の看護研究の進捗どう? あと、新人のプリセプターたちのフォローもお願いね。あなたがいなきゃ現場が回らないから」

師長からの信頼を込めた言葉は、今や私にとってただの呪縛でしかなかった。日勤の業務が終わってタイムカードを切ったあとも、ナースステーションの片隅で黙々と書類仕事や指導計画の作成に追われる毎日。どんなに効率を上げて激務をこなしても、どれほど後輩を育てても、毎月振り込まれる給与明細の数字はほとんど変わらない。

「私のこれまでのキャリアと積み上げてきたスキルは、こんなにも安く消費されてしまうんだ……」

ある夜勤明け、新卒ナースと基本給が数千円しか変わらないという話を耳にした瞬間、猛烈な虚しさが込み上げてきた。責任と業務だけが雪だるま式に増え、正当な対価が支払われない環境。組織の都合で都合よくすり減らされる毎日に、私の心はいつしか強烈な拒絶反応を起こしていた。


「私が辞めたら後輩はどうなる?」ベテランとしての罪悪感

しかし、いざ「この場所から一歩踏み出そう」と決意してからの数ヶ月間は、暗い霧のなかで立ち往生するような葛藤の連続だった。

何よりも私を縛り付けたのは、ベテランとしての強烈な罪悪感だった。8年目といえば、病棟では最も頼りにされる主軸であり、新人だけでなく中堅ナースたちの精神的な支えでもある。このタイミングで自分が抜ければ、ただでさえ人手不足の現場がさらに混乱し、慕ってくれる後輩たちを見捨てることになる。「ベテランのくせに責任感がない」「自分勝手だ」と周囲から冷たい目を向けられるのが怖くて、勤務中はいつもビクビクしていた。


「病院を離れて通用する?」8年積み上げたキャリアを手放す怖さ

それに、「病院以外の世界で本当に通用するのだろうか」という不安も私の足をすくませた。最前線の急性期しか経験していない自分が、保険診療のない自由診療の世界に移ってしまったら、これまで培った技術が無駄になり、看護師としてのアイデンティティを失ってしまうのではないかという恐怖があった。結局、夜ベッドに入ってから、スマートフォンで看護師転職サイトの求人画面をただスクロールして眺めるだけの日々が二ヶ月以上も続いた。気になる条件を見つけても、画面の「応募ボタン」がどうしても押せない。指先が画面の上で静止したまま、ため息とともにアプリを閉じる夜が何度も繰り返された。

迷いは選択肢の多さによってさらに深まっていった。規則正しい一般クリニックにするべきか、夜勤のない訪問看護か、あるいは未経験の美容クリニックか。時には「転職なんて大きなリスクを冒さず、今の病棟でひたすら師長への昇格を目指し、耐え忍ぶほうが一番傷つかないのかもしれない」と、現状維持の選択肢に逃げたくなる瞬間も何度もあった。


私が求めていたのは「経験と努力を正当に評価される働き方」だった

それでも、私はただ「今の給与が不満だから」辞めるのではないと気づいた。私は、自分のスキルと経験が正当に評価され、一人の医療従事者として納得のいく対価やインセンティブを得られる場所で働きたいのだ。自己犠牲の美徳で消費されるのではなく、高い技術に見合った成果を実感したい。その大切な軸に気づいたとき、私は気品ある大人が集まるアンチエイジング中心の街・銀座にある、高価格帯の美容皮膚科クリニックへの応募へ向けて、ようやく一歩を踏み出すことができた。


転職から3ヶ月。急性期病棟から銀座の美容皮膚科へ

転職から三ヶ月が経った夏の夕暮れ。私は、かつての病棟の同僚であり、私の苦悩を誰よりも知ってくれていた8年目ナースのあんこと、銀座の時計塔を望む路地裏の洗練されたカフェのテラス席にいた。

日中の強い日差しがようやく和らぎ始め、ビルの谷間を抜ける夕方の風が、昼間の熱気を少しずつ運び去っていく。ラグジュアリーなブランド店が並ぶ街には明かりが灯り始め、行き交う人々の足音とともに、夏の銀座らしい華やかな夕暮れが広がっていた。

「遥ちゃん、なんだか表情がすごくすっきりしたね。病棟にいた頃の、あのいつも何かに耐えているような張り詰めたオーラがすっかり抜けてる」

あんこが、冷たいアイスコーヒーのグラスを傾けながら、優しく微笑んだ。

「本当? でも、今の職場でも毎日新しい注入療法の介助や、高額な自由診療のカウンセリング業務に追われていて、必死なんだけどね」

私は少し照れくさそうに笑った。


美容皮膚科にも厳しさはある。それでも病棟時代とは違う

新しく始めた美容皮膚科での仕事は、決してすべてが完璧な魔法の楽園というわけではなかった。病棟のような急変や指示受けがない代わりに、ここでは「接遇のプロ」としての厳しい視線と、シビアな売上管理が求められる。お客様一人ひとりの美へのこだわりが強く、言葉遣いや立ち振る舞いの一つひとつに張り詰めた緊張感があった。先日も、お勧めしたコースのカウンセリングで上手く魅力を伝えられず、成約に繋がらなくて先輩から注意を受け、自分の営業スキルの未熟さにひどく凹んだばかりだった。インセンティブが絡む独特の空気感やスピード感は、病棟とはまた違う種類のプレッシャーと難しさがあった。

けれど、その失敗や悩みは、あの病棟時代に感じていた「理不尽に基本給据え置きのまま激務を押し付けられる絶望」とは、全く異なる性質のものだった。

「大変なことはあるけど、今のクリニックは、自分のスキルや努力がインセンティブとして正当に給与に反映されるの。後輩の指導の成果も仕組みとして評価してもらえる。誰も私の後ろに立って『ベテランなんだからやって当然』なんて詰め寄ってこない。それだけで、すごく救われています」

あんこは、私の話を遮ることなく、「うん、うん」とただ静かに頷いて聞いてくれていた。「転職して大正解だったね」と安易に太鼓判を押すわけでもなく、私の今の等身大の言葉を、そのまま温かく受け止めてくれている。


8年の経験を捨てたのではなく「自分を正当に評価してくれる場所」を選んだ

「転職活動中、8年目での環境の変化というキャリアのことで本当に悩んで、夜通し求人サイトを見るだけで終わる日もあったよ。でもね、あの時、周囲の目への恐怖に怯えながらも、自分が大切にしたい働き方を考え抜いたからこそ、今の場所があるんだって思えるんだ。劇的に人生がキラキラしたわけじゃないし、今でも自分の力不足に悩む日はあるよ。でも、あの頃に比べたら、すごく呼吸がしやすくなったの。自分で悩んで、自分で選んだ道だから、どんな失敗も前向きに受け止められるの」

話し終えた私に、あんこはふわりと微笑み、静かにグラスを置いた。

「そっか。遥ちゃんが自分でたくさん考えて、その道を選び取ったんだもんね」

その短い、けれど私の歩んできた道のりのすべてを肯定してくれるような言葉に、胸の奥に残っていた最後のトゲがすっと消えていくのを感じた。昼間の熱を残した銀座の街に、夕暮れの風がゆっくりと吹き抜けていく。まだ少し湿った夏の空気をまとったその風は、私の頬を優しく撫でながら、心の奥に溜まっていた重さまで運び去ってくれるようだった。


💙あんこからのあいさつ💙

今回のエピソード、読んでみてどうでしたか?

今の職場で迷いながらも、自分が大切にしたい働き方を真剣に考えてみる。その結果として、残る選択をしても新しい道を選んでも、あなたが自分で悩んで歩き出した道なら、きっと大丈夫。あなたの張り詰めた心が、少しでも軽くなりますよう。

あなたの未来を守る「お守り」です。

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