吉川 まりあ・3年目(美容外科クリニック)
初夏の夕方五時半を過ぎたナースステーション。窓の外にはまだ明るさが残り、傾き始めた日差しが都会のビル群を淡いオレンジ色に照らしている。窓の向こうでは、街路樹の若葉が風に揺れていた。
定時を知らせるチャイムはとっくに鳴り響いたけれど、誰一人として腰を浮かす者はいない。それどころか、張り詰めた空気のなか、先輩たちがキーボードを叩く鋭い音だけが響き渡っている。
「看護師なんだから残業は当たり前」定時で帰れない病棟
「吉川さん、もう終わったの? 先輩たちがこれだけ残って記録してるんだから、まだやれることあるでしょ。看護師なんだから、これくらいの残業は当たり前だよ」
先輩ナースから投げかけられた言葉に、私は伸ばしかけた手を止め、心の中で深くため息をついた。
私の職場である急性期病棟には、「自己犠牲するくらい頑張ってこそ一人前」という空気があった。
定時で帰ろうとすれば、どこか後ろめたい。
休日にも勉強会や委員会の資料作りが入り、それもすべて「患者さんのため」という言葉で片づけられていく。
看護師として3年目を迎え、ひと通りの業務を任されるようになった私に対して、周囲からの期待も少しずつ大きくなっていた。
先輩より先に帰りにくいという暗黙の空気に縛られ、勤務時間を終えてもナースステーションの片隅で書類仕事に向き合う毎日。
心身を削り、私生活まで仕事に差し出すことが「良い看護師」の証明であるかのような環境に、私の心はいつしか強い違和感を覚えるようになっていた。
「誰かの健康を支えるために、どうして私は自分自身をこんなにすり減らさなければならないんだろう」
その疑問が、夜勤明けの疲れ果てた頭の中に、消えない足枷のようにずっと重く沈んでいた。
「辞めたら迷惑をかける」3年目の私を縛った罪悪感
しかし、いざ「この環境を変えよう」と決意してからの日々は、暗い海をあてもなく漂うような時間だった。
何よりも私を縛り付けたのは、強烈な罪悪感だった。
3年目になり、夜勤も一人のメンバーとして任され、後輩の相談に乗ったり、新人を気にかけたりすることも少しずつ増えていた。
このタイミングで自分が抜ければ、ただでさえギリギリの人数で働いている同僚たちに、さらに負担をかけてしまうのではないか。
「根性がないと思われるんじゃないか」
「3年目なのに自分勝手だと思われるんじゃないか」
そんな周囲の目が怖くて、勤務中はいつも誰かの視線を気にしていた。
同じ病棟には、私より5年先輩の8年目ナース、あんこ先輩がいた。
忙しい勤務の合間に、
「まりあちゃん、大丈夫?」
と何度か声をかけてくれた。
けれど私は、そのたびに、
「大丈夫です」
と笑って答えることしかできなかった。
本当は、全然大丈夫ではなかった。
「病棟経験3年で転職していい?」消えないキャリアへの不安
それに、「急性期の病棟経験がまだ3年」というキャリアへの不安も頭を離れなかった。
ここで急性期を離れてしまったら、これまで身につけてきた看護技術が衰えてしまうのではないか。
美容医療の世界へ進んだあと、もし病棟へ戻りたいと思っても、戻れなくなるのではないか。
そんな恐怖があった。
結局、夜ベッドに入ってから、スマートフォンで看護師転職サイトの求人画面をただスクロールして眺めるだけの日々が二ヶ月以上も続いた。
魅力的な条件を見つけても、画面の「応募ボタン」がどうしても押せない。
指先が画面の上で止まったまま、ため息とともにアプリを閉じる夜を何度も繰り返した。
複数の転職先候補の間でも、私の思考は完全に迷子になっていた。
夜勤のない一般クリニックか。
訪問看護か。
それとも、以前から少し興味のあった美容医療の世界へ挑戦するのか。
時には、
「転職なんて大きなリスクを冒さず、今の病棟でもう少し耐えていたほうが、一番傷つかないのかもしれない」
と、現状維持の道へ戻りたくなる瞬間も何度もあった。
「逃げたい」のではない。自分を犠牲にしない働き方を選びたい
それでも、私はただ「今の職場が嫌だから」辞めるのではないと気づいた。
私は、自分の人生を犠牲にして働き続けるのではなく、一人の医療従事者として、自分自身の生活も大切にしながら働きたいのだ。
そして、これまで急性期病棟で培ってきた経験を活かしながら、人が自分に自信を持つための医療にも関わってみたい。
美容医療について調べていくうちに、その思いは少しずつ強くなっていった。
そんなとき、私の目に留まったのが、表参道にある美容外科クリニックの求人だった。
手術を行うクリニックで、病棟で経験してきた術前・術後の看護や、オペ室への応援経験も活かせる。
「ここなら、今までの経験を捨てるのではなく、違う形で活かせるかもしれない」
そう思ったとき、私は二ヶ月以上押すことのできなかった「応募ボタン」を、ようやく押すことができた。
転職から3ヶ月。表参道の美容外科で働く私
転職から三ヶ月が経った初夏の昼下がり。
私は、かつて同じ病棟で働き、私の葛藤をずっと気にかけてくれていた8年目ナースのあんこ先輩と、表参道のケヤキ並木から少し入った路地裏にある、洗練されたオープンカフェのテラス席にいた。
ケヤキ並木には鮮やかな新緑が茂り、葉の隙間から差し込む初夏の木漏れ日が、テーブルの上のグラスをきらきらと照らしている。
少し湿り気を含んだ風が吹くたび、若葉がさらさらと揺れた。
「まりあちゃん、なんかすごく雰囲気が変わったね。綺麗になったというか、背筋がすっと伸びて凛としてる」
あんこ先輩が、冷たいハーブティーのグラスを傾けながら、優しく微笑んだ。
「本当ですか? でも、今の職場でも毎日新しいオペの手順を覚えたり、自由診療ならではの患者さんへの説明や対応を学んだりして、必死なんですけどね」
私は少し照れくさそうに笑った。
美容外科にも大変さはある。それでも病棟時代とは違う
新しく始めた美容外科クリニックでの仕事は、決して完璧なパラダイスというわけではなかった。
急性期病棟ほど重症患者さんの急変対応に追われる場面は多くない一方で、手術を扱う以上、安全管理や術後の状態観察には緊張感がある。
さらに美容医療では、看護技術だけでなく、患者さんへの丁寧な説明や接遇も求められる。
言葉遣いや立ち居振る舞い一つで、患者さんに与える印象が変わる。
先日も、施術前に不安を訴える患者さんへの説明がうまくできず、先輩から、
「もう少し相手の不安を聞いてから説明してみようか」
とアドバイスを受けたばかりだった。
自分では丁寧に対応したつもりだっただけに、その日は少し落ち込んだ。
美容外科には美容外科なりの、病棟とは違う緊張感と難しさがある。
けれど、その失敗や悩みは、あの病棟時代に感じていた「自分を犠牲にすることまで求められているような苦しさ」とは、まったく異なる性質のものだった。
「大変なことはありますけど、今のクリニックでは、勤務時間の中でしっかり仕事をすることを大切にしているんです。研修があるときも、勤務としてきちんと予定に組み込まれています」
私は少し笑った。
「もちろん忙しくて時間どおりに終わらない日もあります。でも、誰も私の後ろに立って『看護師なんだから耐えるのが当たり前』って言わない。それだけでも、私にはすごく大きいんです」
あんこ先輩は、私の話を遮ることなく、
「うん、うん」
と静かに頷いて聞いてくれていた。
「転職して正解だったね」と安易に太鼓判を押すわけでもなく、私の今の等身大の言葉を、そのまま温かく受け止めてくれている。
自分で悩み、自分で選んだ道だから前を向ける
「転職活動中、キャリアのことで本当に悩んで、夜通し求人サイトを見るだけで終わる日もありました。3年目で辞めることへの罪悪感もすごくありました」
私はハーブティーのグラスについた水滴を指でなぞりながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「でもね、先輩。あのとき、周囲の目を怖がりながらも、自分が大切にしたい働き方を考え抜いたからこそ、今の場所があるんだって思えます」
そして、少し笑った。
「急性期で過ごした3年間が無駄になったわけでもないんです。患者さんの状態を観察することも、術後の変化に気づくことも、忙しいときに優先順位を考えることも、今の美容外科でちゃんと役に立っています」
「劇的に人生がキラキラしたわけじゃないし、今でも自分の力不足に悩む日はあります。でも、あの頃に比べたら、すごく呼吸がしやすくなりました。自分で悩んで、自分で選んだ道だから、どんな失敗も前向きに受け止められるんです」
話し終えた私に、あんこ先輩はふわりと微笑み、静かにグラスを置いた。
「そっか。まりあちゃんが自分でたくさん考えて、その道を選び取ったんだもんね」
その短い、けれど私がここまで歩いてきた道のりをすべて肯定してくれるような言葉に、胸の奥に残っていた最後のトゲがすっと消えていくのを感じた。
表参道のケヤキ並木に、初夏の風が吹き抜けていく。
鮮やかな若葉がさらさらと揺れ、木漏れ日が歩道の上で静かに踊っていた。
少し湿り気を帯びながらも、まだ真夏ほど重くない風が、私の頬を優しく撫でる。
その風が、病棟にいた頃から胸の奥に抱えていた「耐えなければならない」という思いまで、静かに遠くへ運び去ってくれるようだった。
💙あんこからのあいさつ💙
今回のエピソード、読んでみてどうでしたか?
今の職場で迷いながらも、自分が大切にしたい働き方を真剣に考えてみる。その結果として、残る選択をしても新しい道を選んでも、あなたが自分で悩んで歩き出した道なら、きっと大丈夫。あなたの張り詰めた心が、少しでも軽くなりますよう。
あなたの未来を守る「お守り」です。

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