アナザーストーリーver.4|人間関係と夜勤の負担、力仕事の押し付けで腰痛に悩んだ僕が、「自分の価値」を見つけた僕の選択

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高橋 蓮・3年目(回復期リハビリ病院)


春の朝、薄い雲の向こうから柔らかな日差しが差し込み、病院の敷地に植えられた桜の花びらが風に乗って舞っていた。

私はいつものように、病院の裏門へと続くスロープを歩いていた。

少しひんやりとした春の風が頬を撫でる。ポケットのなかでギュッと握りしめた手は、寒さではなく、これから始まる一日への緊張でかすかに震えていた。


病棟でただ一人の男性看護師。「男手」として頼られる毎日

私の職場である急性期外科病棟は、いつも慌ただしかった。

看護師として3年目を迎え、ひと通りの業務を任されるようになってきた頃、私にはもう一つの「見えない役割」がべったりと張り付いていた。

病棟でただ一人の男性看護師という役割だ。

「高橋くん、ちょっとこっち手伝って! 3号室の患者さんの体位変換」

「蓮くん、悪いんだけどICUからの移動、手伝ってもらえる?」

ナースステーションにいれば、あちこちから声がかかる。

自分の受け持ち患者さんのケアや点滴の準備で手いっぱいのときでも、「男手」として頼まれると断りにくい空気があった。

体格の大きな患者さんの移乗や、繰り返される体位変換。

本来なら体格や性別だけに頼らず、安全な方法や福祉用具を使い、複数人で行うべき介助でも、

「蓮くんなら大丈夫でしょ」

と声をかけられることが少なくなかった。

最初は、

「頼りにされているんだ」

と自分に言い聞かせ、無理な姿勢でも力を入れていた。

しかし、そんな日々が続くなか、私の腰は少しずつ悲鳴を上げ始めていた。


夜勤明けに走った腰の激痛。「私がやりたかった看護って何だろう」

ある夜勤の明け方。

排泄介助のために腰を落とした瞬間、腰にピキッと鋭い痛みが走った。

「……っ」

思わず声が漏れた。

冷や汗が額に浮かび、しばらくその場から動けなかった。

ようやくナースステーションに戻ると、先輩ナースが、

「大丈夫? 無理しないほうがいいよ」

と言いながら湿布を差し出してくれた。

けれど、その直後にも、

「高橋くん、悪いんだけど、こっちの移乗もお願いできる?」

と別のスタッフから声がかかった。

その瞬間、私は自分の中の何かが、すっとすり減っていくのを感じた。

男性だからという理由で「力仕事を頼みやすい人」として扱われ、身体まで傷めていく毎日。

「僕がやりたかった看護って、力仕事の要員になることだったんだろうか」

その疑問が、夜勤明けの重い足取りとともに、心の奥へ澱のように沈んでいった。

病院を出ると、朝の光のなかを桜の花びらが舞っていた。

春なのに、私の気持ちだけが季節から取り残されているようだった。


「辞めたい」のに辞められない。私を縛った罪悪感

しかし、いざ現状を変えようと思ってからも、すぐには動けなかった。

最初に私をすくませたのは、病棟の仲間に対する強烈な罪悪感だった。

3年目になり、夜勤も一人のメンバーとして任され、後輩から質問されることも少しずつ増えていた。

慢性的な人手不足のなかで、自分が抜ければ、残されたメンバーの負担が増えるのは分かっている。

それに、

「男なのに根性がないと思われるんじゃないか」

「3年目で急性期を離れるなんて、逃げだと思われるんじゃないか」

そんな周囲の目も怖かった。

同じ病棟には、私より5年先輩の8年目ナース、あんこ先輩がいた。

腰を気にしながら歩いている私を見つけて、

「蓮くん、腰、大丈夫? 無理してない?」

と何度も声をかけてくれた。

「大丈夫です」

私はいつもそう答えていた。

本当は、大丈夫ではなかった。


「病棟経験3年で転職していい?」キャリアを手放す怖さ

さらに、大病院の急性期という環境を3年目で離れることへの不安もあった。

「病棟経験がまだ足りないんじゃないか」

「ここで急性期を離れたら、看護師として成長できなくなるんじゃないか」

そんな不安が、暗い影のようについて回った。

結局、看護師転職サイトに登録したものの、スマートフォンで求人情報をスクロールして眺めるだけの日々が続いた。

良さそうなクリニックや施設を見つけても、「応募ボタン」がどうしても押せない。

指先が画面の上で止まり、深いため息とともにアプリを閉じる。

そんな夜を何度も繰り返した。

選択肢の多さも、迷いを深くした。

規則正しい働き方ができそうなクリニック。

健診センター。

回復期や慢性期の病院。

いっそのこと、看護師そのものを辞めて、まったく違う仕事を始めることまで考えた。

「こんなに悩むくらいなら、腰痛を我慢して今の病棟で働き続けたほうがいいんじゃないか」

現状維持の道に戻りたくなる夜も、一度や二度ではなかった。


「逃げたい」のではない。自分がしたい看護を取り戻したかった

それでも求人を見続けるうちに、少しずつ分かってきた。

僕は、ただ「つらい病棟から逃げたい」わけではない。

患者さんが少しずつできることを取り戻していく過程に寄り添いたい。

「昨日できなかったことが、今日はできた」

そんな変化を患者さんと一緒に喜べる看護がしたい。

そして、男性だから、力があるからという理由ではなく、一人の看護師として自分の知識や経験を評価してもらいたい。

その軸が見えてきたとき、私の目に留まったのが、お茶の水にある回復期リハビリテーション病院の求人だった。

理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など多職種と一緒に、患者さんの在宅復帰を支えていく。

「ここなら、自分がやりたかった看護に近づけるかもしれない」

そう思ったとき、私はようやく「応募ボタン」を押すことができた。


転職から3ヶ月。回復期リハビリ病院で働く私

転職から三ヶ月が経った春の午後。

私は、かつて同じ病棟で働き、私の悩みを気にかけてくれていた8年目ナースのあんこ先輩と、お茶の水にある古いビルを改装した落ち着いたカフェの窓際にいた。

窓の外には聖橋と神田川が見え、川沿いの木々には柔らかな新緑が広がっている。

時折通り過ぎる電車の音と、開いた窓から入り込む穏やかな春風が、心地よいリズムを作っていた。

「蓮くん、なんだか少し雰囲気が変わったね。病棟にいた頃の、いつも何かに追われてる感じがなくなった」

あんこ先輩が紅茶のカップを持ちながら、穏やかな口調で言った。

「そうですか? でも、こっちに来ても毎日覚えることばかりですよ。患者さんのADLの変化を見たり、リハビリスタッフと情報共有したり。頭はずっとフル回転です」

私は気恥ずかしさを隠すように、少し笑った。


転職先にも大変さはある。それでも「前とは違う」

回復期リハビリ病院での日々も、決してストレスのない楽園ではなかった。

急性期病棟ほど緊急の処置に追われる場面は多くない一方で、ここでは多職種との細かな連携や、患者さんが退院後の生活を取り戻すための長期的な視点が求められる。

患者さんの状態によっては、もちろん急な体調変化への対応が必要になることもある。

先日も、リハビリスタッフとの方針のすり合わせで意見がうまく噛み合わず、自分の説明不足を痛感して落ち込んだばかりだった。

患者さん一人ひとりのADLの小さな変化を見逃さず、退院後の暮らしまで考える。

それは、急性期病棟とはまた違う難しさだった。

けれど、その失敗や悩みは、以前感じていた「男性だからという理由で便利な力仕事の要員として扱われている」という苦しさとは違っていた。

「大変なことはたくさんあります。でも、ここでは患者さんの『歩けた』『自分で食べられた』っていう瞬間に、じっくり立ち会えるんです」

私は少し笑った。

「移乗や介助だってもちろんあります。でも、男性だから僕に任せる、じゃなくて、患者さんの状態に合わせて福祉用具を使ったり、スタッフ同士で協力したりする。僕も一人の看護師としてチームに入れてもらえてるって感じるんです」

あんこ先輩は私の話を遮ることなく、

「うん、うん」

と静かに頷いて聞いてくれていた。

「転職して正解だったね」と簡単に結論を出すわけでもなく、今の私の言葉を、そのまま受け止めてくれている。


病棟での3年間は、次の職場でも生きている

「転職活動中、キャリアのことで本当に悩んで、何度も諦めそうになりました」

私は窓の外の新緑を眺めながら、続けた。

「でもね、先輩。あのとき、周囲の目や不安を怖がりながらも、自分がどう働きたいのかを考え抜いたから、今の場所があるんだと思います」

そして、少しだけ笑った。

「急性期で過ごした時間も、無駄じゃなかったです。患者さんの状態変化を見ることも、優先順位を考えることも、急変したときに動くことも、今の仕事でちゃんと役に立っています」

「劇的に人生が変わったわけじゃないし、今でも自分の力不足に悩む日はあります。でも、あの頃に比べたら、すごく呼吸がしやすくなりました。自分で悩んで、自分で選んだ道だから、失敗しても『じゃあ次はどうしよう』って考えられるんです」

話し終えた私に、あんこ先輩はふわりと微笑み、静かにカップを置いた。

「そっか。蓮くんが自分でたくさん考えて、その道を選び取ったんだもんね」

その短い言葉に、胸の奥に残っていた最後のこだわりが、すっと消えていくのを感じた。

窓の外では、春の日差しを受けた神田川がきらきらと輝いていた。

聖橋の向こうには鮮やかな若葉が広がり、柔らかな春風が開いた窓から店内へ流れ込んでくる。

病棟を離れることを、ずっと「逃げ」だと思っていた。

でも今は少し違う。

あの場所で学んだことを持ったまま、自分が大切にしたい看護へ向かって、別の道を歩き始めただけなのだ。

そう思えた春の午後だった。


💙あんこからのあいさつ💙

今回のエピソード、読んでみてどうでしたか?

今の職場で迷いながらも、自分が大切にしたい働き方を真剣に考えてみる。その結果として、残る選択をしても新しい道を選んでも、あなたが自分で悩んで歩き出した道なら、きっと大丈夫。あなたの張り詰めた心が、少しでも軽くなりますよう。

あなたの未来を守る「お守り」です。

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