山本 冴子・10年目(健診センター)
澄んだ秋の朝、品川駅の港南口から続くペデストリアンデッキを、私は重い足取りで歩いていた。周囲を取り囲む超高層ビル群の間からは、少しひんやりとした秋風が吹き抜けていく。デッキ沿いの街路樹はところどころ黄色や赤に色づき始めていた。すれ違うスーツ姿のビジネスパーソンたちが皆、前を向いて颯爽と歩いている中で、私の視線だけは足元に落ちたままだった。看護師として10年目を迎え、病棟では完全に「ベテラン」と呼ばれる立ち位置になっても、毎朝ナースステーションの自動ドアを開ける瞬間の、あの胸がキュッと締め付けられるような重圧感だけは変わらない。ロッカー室でナース服に袖を通しながら深く息を吐き出すのが、ここ数年の私の消えないルーティンになっていた。
看護師10年目。患者対応よりも「守ってもらえないこと」がつらかった
私の心を限界まで削っていたのは、急性期病棟特有の夜勤の負担やめまぐるしい急変対応そのものではなかった。それは、一部の患者から繰り返される理不尽なクレーマー行為や、悪質なセクハラ発言に対して、あまりにも無防備すぎる病棟の環境と、組織の「事なかれ主義」だった。10年目ともなれば現場のトラブル処理を任されることも多く、私も何度もそうした患者の対応に当たってきた。しかし、ある夜勤帯で、特定の男性患者から執拗なセクハラ行為を受け、精神的に追い詰められたときの上司の言葉が、私の心を完全に折った。
「山本さん、ベテランなんだからそこは上手くあしらってよ。波風立てずに退院までやり過ごすのが一番だから」
師長からの冷淡な一言に、頭の芯がすっと冷えていくのが分かった。スタッフの身の安全や尊厳を守ろうとせず、ただその場の苦情やトラブルを隠蔽することだけを優先する組織。自己犠牲と忍耐のうえに成り立つ奇妙な調和の中に身を置きながら、私は猛烈な虚しさに襲われていた。「私のこれまでのキャリアと知識は、理不尽な悪意をただ笑顔で受け流すためにあるのだろうか」。そんな澱のような疑問が、夜勤終わりの疲れ果てた頭の中で、消えない足枷のようにずっと重く沈んでいた。
「私が辞めたら後輩はどうなる?」10年目だからこその罪悪感
しかし、いざ「自分の身を守るために別の道を探そう」と決意してからの数ヶ月間は、暗い霧のなかで立ち往生するような葛藤の連続だった。
何よりも私を縛り付けたのは、10年という長いキャリアがもたらす強烈な罪悪感だった。病棟の屋台骨として、新人看護師の指導やプリセプターのサポート、委員会業務まで背負っている自負があった。このタイミングで自分が抜ければ、ただでさえ人手不足の現場がさらに混乱し、慕ってくれる後輩たちを裏切ることになる。「ベテランのくせに責任感がない」「自分勝手だ」と周囲から冷たい目を向けられるのが怖くて、勤務中はいつも周囲の顔色を伺ってビクビクしていた。
「病院を離れて通用する?」10年積み上げたキャリアを手放す怖さ
それに、「病院以外の世界で本当に通用するのだろうか」という不安も私の足をすくませた。病棟経験が10年あっても、最前線の急性期から離れてしまったら、看護師としての自分の技術や価値が完全に錆びついてしまうのではないかという恐怖があった。結局、夜ベッドに入ってから、スマートフォンで看護師転職サイトの求人画面をただスクロールして眺めるだけの日々が二ヶ月以上も続いた。良さそうな一般クリニックや美容クリニックを見つけても、画面の「応募ボタン」がどうしても押せない。指先が画面の上で静止したまま、ため息とともにアプリを閉じる夜が何度も繰り返された。
迷いはそれだけではなかった。夜勤のない訪問看護にするべきか、それとも他の選択肢として異動を願い出るべきか。複数の転職先候補の間で、私の思考は完全に迷子になっていた。時には「転職なんて大きなリスクを冒さず、今の病棟でひたすら自分の心を麻痺させ、耐え忍ぶほうが一番傷つかないのかもしれない」と、現状維持の選択肢に逃げたくなる瞬間も何度もあった。
私が求めていたのは「自分の尊厳と安全を守れる職場」だった
それでも、私はただ「今の職場が嫌だから」辞めるのではないと気づいた。私は、自分の尊厳と安全がしっかりと守られ、一人の人間として、医療従事者として安心してパフォーマンスを発揮できる場所で働きたいのだ。個人の精神論で理不尽を耐えるのではなく、セキュリティと管理が徹底された環境で丁寧な看護がしたい。その大切な軸に気づいたとき、私は大企業の本社ビル街である品川に位置する、ホテルのように綺麗な最先端の健診センターへの応募へ向けて、ようやく一歩を踏み出すことができた。
転職から3ヶ月。急性期病棟から健診センターへ
転職から三ヶ月が経った秋の昼下がり。私は、かつての病棟の先輩であり、私の苦悩を誰よりも知ってくれていた8年目ナースのあんこと、品川の近代的な高層ビルの合間にあるオープンカフェのテラス席にいた。
ガラス張りのビルには柔らかな秋の日差しが反射し、街路樹の葉は黄色や赤に色づき始めている。行き交うビジネスパーソンたちの足音と、時折風に揺れる葉の音が、心地よい都会のテンポを作っている。
「冴子さん、なんだか表情がすごくすっきりしたね。病棟にいた頃の、あのいつも何かに耐えているような張り詰めたオーラがすっかり抜けてる」
あんこが、温かいカフェラテのカップを手にしながら微笑んだ。
「本当? でも、今の職場でも毎日役員健診のシビアな接遇や、過密なスケジュールのデータ管理に追われていて、必死なんだけどね」
私は少し照れくさそうに笑った。
健診センターにも大変さはある。それでも病棟時代とは違う
新しく始めた健診センターでの仕事は、決してすべてが完璧な魔法の楽園というわけではなかった。病棟のような急変や命の危機がない代わりに、ここでは大企業のシニア層や役員を相手にするため、「完璧な接遇」と「時間との戦い」が求められる。言葉遣いや立ち振る舞いの一つひとつに厳しい視線が注がれ、先日もデータ入力のわずかな段取りの遅れについて先輩から注意を受け、自分のルーティンワークの未熟さにひどく凹んだばかりだった。病棟とはまた違う種類の緊張感と難しさがあった。
けれど、その失敗や悩みは、あの病棟時代に感じていた「理不尽に個人の安全を軽視される絶望」とは、全く異なる性質のものだった。
「大変なことはあるけど、今の健診センターはセキュリティが万全で、受診者様への対応も組織として一貫したルールが徹底されてるの。何かあればすぐにフロントや運営が守ってくれる。誰も私の後ろに立って『上手くあしらって』なんて丸投げしてこない。それだけで、すごく救われています」
あんこは、私の話を遮ることなく、「うん、うん」とただ静かに頷いて聞いてくれていた。「転職して大正解でしたね」と安易に太鼓判を押すわけでもなく、私の今の等身大の言葉を、そのまま温かく受け止めてくれている。
10年の経験を捨てたのではなく「安心して働ける場所」を選んだ
「転職活動中、10年目での環境の変化というキャリアのことで本当に悩んで、夜通し求人サイトを見るだけで終わる日もあったよ。でもね、あの時、周囲の目や不安に怯えながらも、自分が大切にしたい働き方を考え抜いたからこそ、今の場所があるんだって思えるの。劇的に人生が好転したわけじゃないし、今でも自分の力不足に悩む日はあるわ。でも、あの頃に比べたら、すごく呼吸がしやすくなったよ。自分で悩んで、自分で選んだ道だから、どんな失敗も前向きに受け止められるの」
話し終えた私に、あんこはふわりと微笑み、静かにカップを置いた。
「そっか。冴子さんが自分でたくさん考えて、その道を選び取られたんですもんね」
その短い、けれど私の歩んできた道のりのすべてを肯定してくれるような言葉に、胸の奥に残っていた最後のトゲがすっと消えていくのを感じた。品川のビル街を抜けてきた秋風が、色づいた街路樹の葉を静かに揺らしている。病院へ向かっていた頃には重く感じていた風が、今は不思議なほど軽やかで、私の心をどこまでも晴れやかに通り抜けていった。
💙あんこからのあいさつ💙
今回のエピソード、読んでみてどうでしたか?
今の職場で迷いながらも、自分が大切にしたい働き方を真剣に考えてみる。その結果として、残る選択をしても新しい道を選んでも、あなたが自分で悩んで歩き出した道なら、きっと大丈夫。あなたの張り詰めた心が、少しでも軽くなりますよう。
あなたの未来を守る「お守り」です。

コメントを残す