看護師あんこ日記 episode13
医師の入力ミスなのに怒鳴られる。看護師が感じる理不尽
「ちょっと、これどういうこと!?」
午前11時。外来診察の合間に病棟へ上がってきた消化器外科の御子柴先生が、ナースステーションのカウンターを大きな音を立てて叩いた。
手には、私が朝一番に確認してドクターデスクに置いておいた、指示出しの用紙が握られている。
病棟中の視線が一瞬でこちらに集まり、周囲の空気が一気に凍りつくのが分かった。
「御子柴先生、どうされましたか?」
「どうされましたか、じゃないよ! 5号室の佐藤さんの今日の点滴、なんでまだ始まってないの!? 指示出しただろ!」
先生の顔は怒りで真っ赤。まるで「今すぐ誰かを怒鳴りつけないと気が済まない」と言わんばかりの、不機嫌オーラを全身から撒き散らしている。
私は一呼吸おいて、冷静に電子カルテの画面を開いた。
「先生、佐藤さんの点滴ですが、カルテへの入力指示が『明日から開始』のデータになっていたんです。今日の分は指示自体が出ていなかったので、確認のために先生のデスクへ用紙をお戻ししていたのですが……」
「はあ!? そんなわけないだろ! 君たちがちゃんと確認してないから……」
先生はカルテの画面をひったくるようにして覗き込み、自分が入力した日付が確かに「明日」になっているのを確認した。
その瞬間、先生の動きがピタッと止まる。
「……あ、あー。まぁ、これは、システムのバグか何かっぽいな。とにかく、今すぐ今日からに直すから、早く準備して!」
自分の入力ミスだと分かった瞬間に、謝るどころか、バグのせいにしてさらに声を荒らげる御子柴先生。
私の心の中のミニあんこが、
「はい、先生の負け惜しみ、お見事ですーーー!」
と大音量でメガホンを鳴らした。
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看護師は医師の不機嫌を受け止める「サンドバッグ」なの?
「分かりました。指示が出次第、すぐに準備しますね」
いつものように大人の対応でかわし、先生がフンッと鼻を鳴らして去っていくのを見送る。
ナースステーションに戻ってきた平和と引き換えに、私の胸の中には、じっとりとした嫌な汗と、モヤモヤとした怒りが残っていた。
病院という場所には、職種間の力関係を強く感じる場面がある。
もちろん、診断を下し、治療方針を決めるドクターの知識や責任の重さは、心から尊敬している。
彼らが毎日、大きなプレッシャーと戦っているのも分かっている。
だからといって、
「看護師には何を言ってもいい」
「どんな態度をとってもいい」
という理由にはならないはずだ。
自分の確認ミス。
外来が長引いたストレス。
ただの寝不足による不機嫌。
そういう感情のゴミを、一番言い返しにくい看護師に向かって怒鳴ることで発散する。
そんなドクターたちの「甘え」のサンドバッグにされる毎日に、私の心はとっくに辟易していた。
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医師と看護師は対等な医療チームのはずなのに
新人の頃は、ドクターに怒鳴られると、
「私が悪かったのかな」
とシクシク泣いて、自分が全責任を背負い込んでいるような気持ちになっていた。
でも、8年目になった今の私は、もうそうは思わない。
看護師は、医師の手下でも、機嫌取り係でもない。
患者さんの命を守るという同じゴールに向かって、それぞれの専門性を活かして働く、同じ医療チームの一員だ。
医師が間違った指示を出したときに、それを医療事故になる前に防ぐ役割を担うのも、私たち看護師の大切な仕事の一つだ。
それなのに、ミスを指摘して「教えてくれてありがとう」と言われることは少なく、プライドを傷つけられたドクターから、
「生意気だ」
「手際が悪い」
と理不尽に返されることもある。
「……あー、やってられないなぁ」
午後、処置室でアルコール綿を補充しながら、ぽつりとため息をつく。
どんなに仕事を完璧にこなしても、この「理不尽な身代わり」をさせられる環境にいる限り、私のプライドは少しずつ、すりおろし器で削られるみたいに減っていってしまう。
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医師との人間関係で消耗する働き方を、いつまで続ける?
退勤後、駅ビルの雑貨屋さんをぶらぶらと歩きながら、お気に入りのアロマオイルの香りを嗅いで深呼吸する。
御子柴先生の怒鳴り声で汚染された私の脳内を、急ピッチでラベンダーの香りに上書きしていく。
30歳。
これから先も、この職場で誰かの顔色をうかがいながら働き続ける人生でいいのだろうか。
世の中には、医師と看護師がお互いの専門性を尊重しながら、チームとして意見を交わし合える職場だってあるはずだ。
「私は、ただ自分の仕事を誇りを持って、お互いをリスペクトし合える仲間とやりたいだけなんだけどな」
夜風に吹かれながら、スマホの画面を見つめる。
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「対等に尊重される職場へ」転職したい理由がまた一つ増えた
今日の御子柴先生の一件で、私の心の中の、
「ここに長居はしないリスト」
のチェック項目が、またひとつ確実に埋まった。
理不尽な不機嫌の身代わりになるのは、もう終わり。
次は、私の専門性をちゃんと尊重してくれる職場を探そう。
看護師だから我慢する。
医師だから仕方ない。
そんな「当たり前」を、自分のこれからの人生にまで持ち込む必要はない。
自分の仕事に誇りを持ちながら、お互いを尊重できる人たちと働く。
そんな場所を今度は自分で選んでやろう。
そう決意して、私は駅の改札へと力強く一歩を踏み出した。
(episode14へ続く)

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