看護師あんこ日記 episode9
看護師の勉強会は残業にならない?職場に残る「自己研鑽」の暗黙ルール
「じゃあ、今日の全体ミーティングはこれで終わります。引き続き、18時半から感染対策の勉強会を行います」
夕方17時半。日勤の定時を迎えた瞬間、リーダー看護師の乾いた声が病棟に響き渡った。
私の頭の中のミニあんこが、
「はい、残業確定ーーー!」
とシンバルを叩きながら大騒ぎを始める。今日も定時退勤の夢は、音を立てて崩れ去った。
急いで受け持ち患者さんの記録を終わらせ、喉がカラカラの状態で勉強会場のカンファレンスルームへ滑り込む。
パイプ椅子に腰掛け、配られた資料に目を落とした瞬間、私の全細胞が猛烈な睡魔と闘い始めた。
勉強会が終わり、時計の針が19時半を指した頃、ようやく解散の合図がかかる。
クタクタの体でナースステーションに戻り、パソコンに向かって「超過勤務(残業)申請」の画面をそっと開いた。
入力を始めようとした私の背後に、いつの間にかすっと影が落ちた。
振り返ると、そこには先輩ナースのサエさんが、苦笑いを浮かべて立っていた。
「あ、あんこちゃん。勉強会の時間は残業申請しちゃダメだよ。ほら、うちの病院、『勉強会や委員会は自己研鑽』ってルールだから」
画面を見つめる私の指先が、ピタッと止まった。
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「自己研鑽」という言葉で無給になる、看護師の時間外業務
「自己研鑽」
医療業界に当たり前のように残る、便利で恐ろしい魔法の言葉。
文字通り「自分の知識や技術を磨くための自発的な努力」という意味のはずだけど、私たちの職場では完全に、
「強制だけどお給料は出ないよ☆」
という恐怖の裏コマンドとして機能している。
全員強制参加の1時間半に及ぶ院内勉強会。
業務時間内には絶対に終わらない、医療安全委員会の資料作成。
有給休暇を使って参加する実技研修。
これらすべてが、
「あなたの看護師としてのスキルのためでしょ?」
「自発的な勉強でしょ?」
という綺麗事のベールに包まれ、1円の残業代も支払われずに処理されていく。
新人の頃は、それが当たり前だと思っていた。
「知識がない自分が悪いんだから、時間外に勉強するのは当然」
「先輩たちもみんなそうしてきたんだから」
と、従順な子羊のように納得していた。
でも、看護師8年目、30歳。
世の中の仕組みが少しずつ見えてきた今、私は強烈な違和感を覚えていた。
「いや、やっぱりこれって、普通におかしいよね……?」
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休日まで潰れる。委員会資料の「持ち帰り残業」
おかしいと思いつつも、目の前の業務は待ってくれない。
今月は、私が担当している「業務改善委員会」のポスターとマニュアルの更新が締切を迎えている。
もちろん、日勤の勤務時間中にパソコンに向かってポスターを作る余裕なんて1秒もない。
「じゃあ、いつやるの?」
答えはひとつ。
自宅への「持ち帰り残業」である。
せっかくの貴重な日曜日。
お気に入りのカフェで美味しいコーヒーを飲みながら、小説でも読もうと開いたノートパソコンの画面には、ばっちり病院のロゴマークと、
「褥瘡予防の手引き」
という無骨な文字が躍っている。
カフェのおしゃれなBGMを聞きながら、せっせとExcelの表を直している自分の姿に、なんだか猛烈に虚しさが込み上げてきた。
「私、休みの日にノーギャラで病院の資料作ってるの、ボランティア活動かなんかなのかな」
看護師の知識が増えることは、巡り巡って患者さんのためになるし、病院の利益にもつながる。
だとしたら、それは「立派な労働」のはずだ。
「自己研鑽」という都合のいい言葉で、スタッフの善意や体力をタダで搾取していい理由にはならないはずなのに。
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サービス残業を「当たり前」と思っていた自分に気づいた
病棟に戻れば、みんな「しょうがないよね」と諦め顔で、無給の居残りを続けている。
この業界の悪習にどっぷりと浸かっていると、麻痺してしまうのだ。
感覚が。
でも、一般企業で働く友達にこの話をすると、全員が、
「は!? 労働基準監督署に駆け込んだ方がいいよ!」
と目のハイライトを消して怒ってくれる。
彼女たちの世界では、会社の指示で受ける研修や勉強会に、残業代が支払われるのは「当たり前」だという。
「私、この麻痺した世界にずっといていいのかな」
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「やりがい」ではなく、時間と労働を正当に評価してくれる職場へ
30歳。
自分の時間とエネルギーは、有限だ。
20代の頃のように、無限の体力に任せて「やりがい」だけで自分を切り売りできる季節は終わった。
これからは、自分の大切な時間と労働を、ちゃんと「正当な対価」として受け止めてくれる環境を選ぶべきなんじゃないだろうか。
カフェのパソコンをパタンと閉じ、私は冷めかけたカフェラテを一気に飲み干した。
よし、今日の分の資料作りはここまで!
残りの休日は、病院のことなんて1ミリも考えずに、自分のためだけに時間を使ってやろう。
「私の人生の研鑽」は、私のためのものにしていこう。
そんな私を大切にしてくれる場所も、きっとあるに違いない。
(episode10へ続く)

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