あんこ日記 episode3
友人の結婚式。看護師の私はまたスマホから「おめでとう」
「おめでとう! 本当に綺麗、お幸せに……!」
液晶画面の向こう側で、大学時代の親友が純白のウェディングドレスに身を包み、満面の笑みを浮かべている。新郎と見つめ合う姿は、まるで映画のワンシーンのようだ。
そんな幸せいっぱいの写真を、私はスマホの画面をスクロールしながら眺めていた。
場所は、自宅のベッドの上。時間は、土曜日の25時。正確には深夜1時で、もう日曜日になっている。
つい1時間ほど前まで、私は病棟でナースコールと格闘し、尿破棄の量を計算し、準夜勤の引き継ぎをしていた。
パンパンに浮腫んだふくらはぎをマッサージしながら眺める「LINEのグループトーク」には、本日行われた結婚式の二次会の写真が、これでもかと大量にアップされている。
『あんこ、今日も準夜お疲れ様〜!』
『次はみんなで集まろうね!』
みんなの優しいメッセージが、今の私にはちょっぴり、いや、かなり眩しすぎる。
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30歳。友人は結婚・出産へ、私は土日もシフト勤務
30歳を迎えたあたりから、私のSNSのタイムラインは一気に表情を変えた。
20代の頃は「オシャレなカフェ」「弾丸旅行」「終電を逃した愚痴」で埋め尽くされていたはずなのに、今や「結婚しました」「第一子、誕生しました」「マイホーム建てました」のオンパレード。
世界がピンク色とベビーブルーに染まっている。
めでたい。本当に、心の底からめでたいのだ。友達の幸せは私の幸せ。それは間違いない。
問題は、そのお祝いの席――つまり土日の昼間に、私が「驚くほど全く参加できない」という現実である。
看護師のシフト表は、世間のカレンダーなんてお構いなしに回っていく。
「今度の土曜日、〇〇ちゃんの結婚式だから休み希望出したいな」
と思っても、その月はすでに他のスタッフの「法事」や「子供の運動会」で休み枠が埋まっていたりする。
8年目ともなると、
「ま、私は独身だし、いつでも動けるから土日夜勤入るよ!」
なんて、変な先輩風を吹かせてシフトの穴を埋めてしまう悪癖もついてしまった。
その結果が、これだ。
みんなが華やかなドレスを着て乾杯している時間、私はゴム手袋をはめて「患者さんの点滴、漏れてないかな!?」と目を光らせている。
このギャップ、もはやちょっとした異世界転生である。
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看護師は友達と予定が合わない。「また行けない」が増えていく
結婚式だけではない。最近は「出産祝い」のハードルもかなり高い。
仲良しグループの1人が無事に出産し、「みんなで赤ちゃんに会いに行こう!」という企画が持ち上がった時のこと。
LINEで日程調整のノートが作られた。
『私はいつでも大丈夫だよ〜(育休中)』
『私は土日なら動ける!』
『私も土日休みだよ〜』
トントン拍子で決まっていく、5月の第2日曜日。
そこで私の手がピタッと止まる。
その日の私のシフトは「日勤(リーダー業務)」。
終わるの、早くても19時。そこからお祝いで集まっているカフェに駆けつけても、主役の赤ちゃんはとっくに夢の中だし、ママになった友人もクタクタだろう。
『ごめん! その日、どうしても外せない仕事(日勤)が入ってて……。みんなで楽しんできて! 写真待ってる!』
申し訳なさと、置いていかれるような寂しさを、可愛いスタンプで必死にデコレーションして送信する。
「あーあ、また行けないや」
ぽつりと呟いた声が、静かな部屋に響く。
1回、2回なら「仕事だし仕方ない」と思える。
でも、これが3回、4回と重なっていくと、なんだか世間のライフステージの進み方から、自分だけがポツンと取り残されてしまったような、奇妙な孤独感に襲われるのだ。
みんなが「妻」になり「母」になり、新しい家族との未来を築いている中で、私は8年前と変わらず、ナースシューズの擦り減り具合ばかりを気にしている。
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看護師の仕事は好き。でも「私の人生のシフト」はこれでいい?
もちろん、看護師としてのキャリアを重ねてきたことには誇りがある。
後輩に指導をして、ドクターと対等にディスカッションをして、患者さんの命を支える。
この8年間で得たものは、決して小さくない。
でもね、神様。
たまには、友達と土曜日の昼下がりに、パンケーキを食べながら「最近どう?」って、どうでもいい話で何時間も笑い合いたいだけなんですよ。
不規則なシフト勤務のおかげで、平日の空いている時間に銀行や役所に行けるのは便利だけど、私が本当に大切にしたい「人との繋がり」が、仕事のせいで少しずつ、指の隙間からこぼれ落ちていくような気がしてならない。
「私の人生のシフト表、これでいいのかな」
みんなのウエディング写真の、幸せそうな笑顔を見つめ直す。
30歳。
これからの人生、仕事だけじゃなくて、大好きな人たちと同じ時間を共有できる「普通の幸せ」も、もっと欲張っていいんじゃないかな……。
むくみ取りソックスを脱ぎ捨て、枕に顔を埋めながら、私はカレンダーアプリを開いた。
次の休みは、誰にも気を使わず、自分がやりたいことだけを詰め込んだ「私ファースト」な1日にしてやろう。
そう決意して、眠りについた。
(episode4へ続く)

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