看護師あんこ日記 episode8
師長からの「もっと厳しく」。プリセプターにかかるプレッシャー
「ちょっとあんこさん、ちょっといい?」
ナースステーションの隅、師長に手招きされた瞬間、私の脳内アラートがビービービービーと鳴り響いた。それは地震警戒アラートより激しく鳴り響く。
嫌な予感しかしない。
案の定、師長の口から飛び出したのは、私の胃をダイレクトに締め付けるお言葉だった。
「1年目のみのりちゃん、最近またインシデントが増えてるじゃない? あなたプリセプターなんだから、もっと厳しく、ピシッと言ってちょうだい。甘やかすだけじゃ育たないわよ」
「……はい、確かに最近少し確認不足が目立つので、もう一度基本から徹底するように私からも伝えます」
心の中で、
「いやいや、先週『あんこさんが厳しすぎるからみのりちゃんが萎縮してる』って注意したの誰でしたっけ!?」
というツッコミが、音速を超えて駆け巡る。
上司の言う「厳しく」と「優しく」の絶妙な塩梅を計るメーターが、私の頭の中で完全にショートしかけていた。
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若手看護師の不満も受け止める。中堅はどちらの味方?
師長からのプレッシャーを背負い込み、重い足取りで昼休憩のためにスタッフ休憩室のドアを開ける。
そこでは、3年目の若手ナース、ツバサちゃんがスマホを片手に声を荒らげていた。
「マジで今の病棟のルール、タイパ悪すぎません? 昭和のやり方をいつまでやるのって感じ。あんこさん、聞いてくださいよー!」
「お、おう、どうしたの?」
「師長から『業務日誌は手書きで細かく書け』って言われたんですけど、今の時代、電子カルテの共有事項に入力すれば一発じゃないですか? 無駄な作業多すぎて、残業増えるの当たり前ですよねー」
「それは……確かに一理あるね」
と、苦笑いしながらお弁当の卵焼きを口に運ぶ。
後輩たちの言い分は、お世辞抜きで正しい。
業務の効率化、いわゆるタイパを求める彼女たちの感覚は、今の時代に合っている。
けれど、それをそのまま師長に伝えたところで、
「決まりだからやりなさい」
「若い子はすぐ楽をしたがる」
と一蹴される未来が目に見えているのだ。
「まぁ、師長も全体の管理のために、紙で残しておきたい理由があるのかもよ……?」
「えー、あんこさんまで師長側の味方するんですか? がっかりだなー」
ツバサちゃんに口を尖らせてため息をつかれ、私は喉に詰まりそうになったご飯を、お茶で慌てて流し込んだ。
上からの「もっとやれ」。
下からの「なんでやらなきゃいけないの」。
気がつけば私は、病棟のガチガチに硬い上層部と、自由奔放な若手たちの間で、ギュウギュウに押し潰される「サンドイッチの具」と化していた。
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看護師8年目。「中堅」という立場がこんなに孤独だとは思わなかった
看護師8年目。
この立ち位置は、想像以上に孤独だ。
新人の頃は、上司が理不尽なら同期と居酒屋で、
「あの師長、本当に無理!」
と愚痴をぶちまけて、100%被害者としてスッキリすることができた。
でも、今はもう、ただ愚痴を言う側にはいられない。
後輩たちの前では、職場のルールを守らせる「組織の人間」として振る舞わなければならない。
師長の前では、「現場の状況を把握しているリーダー」として報告をしなければならない。
どちらの言い分も、100%間違っているわけではないと分かるからこそ、タチが悪い。
師長には現場のリアルな疲弊をわかってほしいけれど、強く言い返して目をつけられるのは怖い。
後輩たちには不満を溜めずに働いてほしいけれど、ルーズな行動をそのまま見過ごすわけにはいかない。
結果として、誰にも本音が言えないまま、自分の心の中にだけ「言えなかった言葉」がどんどん蓄積されていく。
病棟ですれ違うスタッフの視線や、ちょっとしたため息ひとつにまで、
「私、何か間違った対応しちゃったかな……」
と過剰に反応してしまい、仕事が終わる頃には脳みそが完全にオーバーヒート状態だった。
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上司と後輩の板挟みで疲れる。中堅看護師の人間関係ストレス
「はぁ……。私のポジション、一体どこが正解なんだろう」
退勤後、駅のホームのベンチに座り、バッグの底から市販の胃薬を取り出して水で飲み込む。
30歳。
まさか自分がこんなに胃薬とお友達になる人生を送るなんて、20代の頃は思いもしなかった。
命を預かる現場のピリピリ感だけでも大変なのに、「人間関係の潤滑油」としての役割まで完璧にこなそうとしたら、いくらメンタルがあっても足りない。
ふと、一般企業で中間管理職をやっている友人が、
「上と下の板挟みが一番きついよね」
とこぼしていたのを思い出す。
当時は、
「へぇ、大変なんだね」
なんて他人事みたいに聞いていたけれど、今なら彼女と朝まで生ビールを酌み交わしながら、熱い抱擁を交わせる自信がある。
組織の「間」に挟まれるストレスは、全業種・全職種・万国共通の苦行なのだ。
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「この病棟でずっと板挟み?」働き方を変えたい気持ちが強くなる
でも、私は本当に、これからもこの病棟で「サンドイッチの具」としてすり減り続けたいのだろうか。
年齢を重ねれば、さらにこの管理業務や板挟みの重圧は増していく。
「私は、ただ患者さんと笑顔で向き合って、気持ちよく看護がしたいだけなのにな……」
電車の窓ガラスに映る自分の顔は、なんだか迷子のような表情をしていた。
30歳。
職場の立ち位置に振り回される毎日に、少しずつ、だけど確実に人生のハーフタイムのホイッスルを鳴らす準備を始めたのかもしれない。
家に帰ったら、今日頑張って板挟みに耐えた私の胃のために、あったかいお粥でも作って優しく労ってあげよう。
(episode9へ続く)

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